施設における入所者さん同士の、予想斜め上のトラブル事件簿!「平成コーラ事件」
施設というのは集団生活の場であり、集団生活ということはそれだけ、入所者さん同士のやり取りが発生します。普段から介護職はこういったトラブル防止に気を配っているところですが、時に私たちの想像を超える、そんなトラブルが起こる事があります。
今回は実際にあった入所者さん同士の「ある飲み物」にまつわるトラブルを「平成コーラ事件」と銘打ち、トラブルの概要と解決策、そして事後の情報共有について紹介します。
集団生活でのトラブルは時に回避できないことも
施設は集団生活です。
在宅とは違い、ある程度の制約がでてきます。
ここ数年は大人数の対応ではなく、ユニットケアと呼ばれる小集団での介護が国から推進されてきています。実際に、介護報酬も少人数型の方が高い傾向にあります。
どちらがいいか、との議論も盛んに行われていますが、結論から言えば入所者さんに合ったらそれでいいだけの話では…という意見も見られます。
ただ、どちらにしても集団生活には変わりなく、さまざまな性格を持った方々が入所されているので、合う合わないも当然あります。
集団生活の利点としては、そのような場合に、フロアを変えたりして入所者さん同士が絡まないようにすることも可能です。
ただ、それでも、何かが起こる時というのは、どうやっても起こるものなのです。
今回ご紹介するケースは男性で、仲が良い時と悪い時がある凸凹コンビの2名を紹介します。
入所者さん同士のトラブルは暴力行為などを除けば、原則として介入しないでいました。
口喧嘩などのいざこざも多々あり、個々人で解決できるようであれば、それもリハビリになると思われますので施設の方針としては上記の様な対応を取っていたのです。
今回のケースは果たして……?
凸凹コンビの顛末を見てみましょう。
人物紹介
●山口さん(仮名) 80代 男性
●主病名は脳血管認知症(軽度)
●身体状況は介助を必要とすることなく自立されています。
●糖尿病
●要介護1の認定を受けています。
●中田さん(仮名) 60代 男性
●主病名は統合失調症
●身辺機能は自立されています。
●糖尿病
●要介護1の認定を受けています。
始めのうちは穏やかに経過
上記の通り、介護度も同じで入所した時期もほぼ同じ。
そんなお二人は、同じ4人部屋の居室で生活していました。
共に糖尿病の疾患があり、食事制限がありましたが、食事自体への不満は全く2名とも聞かれず、間食することもありませんでした。
始めのうちはとくにいざこざもなく、平和に経過していました。
そう、入所して半年くらいは…。
ところで、山口さんも中田さんも生活保護受給者で、毎月1日に保護費が支給されます。
お二人とも身寄りがいなかったため、金銭管理は施設側で行っていました。本人さんから希望があればお小遣いを渡すシステムにしていました。
また、中田さんはお小遣いを1日で使い切ってしまうので、すぐに金欠になります。
そんなに何を購入しているの?と思えば、それはコーラでした。
糖尿病があるため、本来であればコーラなどは禁止なのですが、最近は0カロリーのコーラが発売されていて、中田さんはそれを購入していました。
ちなみにここが重要です。
「コーラは、平成になって登場した0カロリーコーラだった」
ということです。
一応、主治医より許可は出ていたので問題はありませんでした。
しかし、中田さんのコーラ熱はすさまじく、施設内にある自販機にお小遣いすべてをつぎ込みます。やがてお小遣いは全てコーラに変わり、5本程度のコーラを1日で飲み干してしまう状況でした。
一方、山口さんはお小遣いを渡すのですが、何を買っているのかがわかりませんでした。
山口さん本人に聞いても、教えてもらう事はできませんでした。
基本的には本人さんのお小遣いなので施設側が知る必要はないのですが、いったい何を購入しているのかは介護職の誰もわかりませんでした。
ただ、お小遣いを渡した日は必ずと言っていいほど外出届を出して外出していました。
近くにドラッグストアがあるのでそこで何か買い物をしているのではないか、との推測はできましたが、何を購入したかまでは相変わらず不明のままです。
また山口さんは糖尿病の病識があり、一切間食をせず、中田さん以外の同室者がお饅頭を渡しても決して受け取りませんでした。
これは誘惑には固くのらない、いい傾向です。
そのため、ドラッグストアでも甘いものや高カロリーの物は購入していなであろうと信用もあり、実際血液検査でも糖尿の数値はよくなっていました。
トラブル、勃発。
それから半年くらい経った頃のある日、居室で山口さんと中田さんが言い争いをして、同室者の方からナースコールで呼び出されました。
訪室し、介護職がいざこざの理由を確認したところ山口さんが「中田が金を払わない。裁判で訴えてやる」と興奮気味に話されたのですが、私たちにはいったい、何のお金なのか見当もつきませんでした。
山口さんの興奮が治まり、冷静になるまで介護職は待ちました。
そこでやっと、理由が判明したのです。
また、山口さんがお小遣いで何を買っているか、という長い期間のナゾも併せて判明しました。
山口さんはドラッグストアで1.5リットルの0カロリーのコーラを数本購入していたのです。
そしてそれを、中田さんにコップ1杯100円で売っていたのです。つまり、山口さんは仕入れを行い、それを中田さんに小売りしていたのです。
それが積もり積もって7,000円になったようで、その支払いをしないことに腹を立て中田さんと喧嘩したようでした。
しかし、すぐにお小遣いを消費する中田さんには支払い能力があるはずもなく、払う・払わないで揉めていたのです。
当然ですが、施設側では入所者さん同士の金銭授受は禁止していました。
しかし、山口さんも中田さんも共にADLが自立しており、ある程度自由が保障されていたのでこのようなやり取りが発生したのです。
介護職が間に入り、話し合いをした結果、次回のお小遣いで5,000円を返すことになりました。また、次からはコーラのやり取りは禁止することでも納得してもらいました。
これ以上ひどくなれば、2人ともコーラ購入禁止にすることを念押しし、了解を取り付けます。
それで一段落がついたら山口さんは笑顔になり、中田さんと握手し仲直りをしました。これにて、一件落着です。
カンファレンスでは行動制限がキーに
ここからは、介護職側の領分です。
この件をカンファレンスに議題として挙げ、今後どのように対応するかを話し合いました。
主治医としての見解は「血糖は安定しているので医学的には特に問題はない」
とのことで、問題はなさそうです。
しかし、現場のスタッフとしては今後このようなことが再度起きたら、どのように対応するのがよいかを協議し、更に共通した理解をする必要がありました。
コーラを全面的に購入禁止にすれば山口さんも中田さんもストレスに感じるであろうし、かと言ってこのまま放置すれば、また金銭で揉める可能性も否定できないので、ある程度の結論は出す必要性がありました。
協議した結果、山口さんのコーラは施設で預かり、そのかわりに山口さんがコーラを飲みたいときに飲んでもらえるよう配慮することを交換条件とし、それ山口さんに提案したところ「その方が揉めないかな」と施設預かりをあっさり同意してもらえたのです。
これにより、金銭で2人が揉めることは解消されました。
ただ、山口さんの自由をある程度制限してしまうことになり、少し心苦しいところもありましたが、揉め事をなくすためにはある程度仕方がないのではという結論でこの話は幕を下ろすのでした。
たかがコーラ、されどコーラ。
食べ物ならぬ、飲み物の恨みは強いのだなと考えさせられたケースでした。
入所者さん同士のトラブルは些細なことが多いのですが、認知症がある方などは暴力行為もあり、手に負えなくなれば精神科に入院して内服調整をしなければならないことがあります。
唾を吐いたり、暴言を吐く程度は介護職で充分対応はできるのですが、それ以上になると、やはり対応は難しいものがあります。
性格上の問題でもトラブルになることはありますが、それは部屋を離したり、フロアを変えたりして対処できるのでさほど問題にはなりません。
そして、今回の両名です。まさしく凸凹コンビです。
コーラ事件以降は特に問題なく施設生活を送ってくれています。
ただ、あのまま放置していれば金額が跳ね上がることは確実であり、まだ傷口が浅いうちに解決できたので、ここは良いポイントでした。
入所者さんの金銭を預かることは本来トラブル防止のためなのですが、ご両人には効果がなかったようです。今後の教訓にしていく必要があると感じたのでした。