心のケア足りていますか?ケーススタディーから学ぶ、心のケアとその方法について
「患者さんのケア」という言葉を聞いたとき、どんなことをイメージするでしょうか?
たとえば入浴介助のとき、着替えるお手伝いをすること。
お食事をするとき、食べこぼしを防ぐためにエプロンを着用し、食べやすいように工夫された食器を用意すること。
こうした体の不自由に対する配慮を、ケアといいます。
しかし、「心のケア」と聞いてパッと挙げられることはあるでしょうか?
理解しているようでなかなか難しい「心のケア」の重要性について、具体例をもとに行動心理学の観点から述べていきます。
ケーススタディ~心のケアとは?~
春子さん(仮名)はスーパーの帰り道、交通事故によって足を骨折してしまい、とある病院に入院することになりました。
その病院はとても忙しく、医師や看護師が昼夜問わず、病棟を駆け回っているような状態でした。
生まれてから入院した経験すらない春子さんは、
「私はこの先どうなっていくんだろう」
「手術が必要かもって言われたけど、お金はどのくらいかかるのかな」
「ガーゼが剥がれちゃったから看護師さん呼びたいけど、忙しそうだし」
と、初めての環境に戸惑い、非常に不安な思いをして過ごしていました。
春子さんの主治医は手術の合間に外来診療を行っていたため、忙しく院内を動き回っていました。
外来診察室と手術室への通り道に春子さんの病室があるため、何度も部屋の前を通りますが、春子さんの元に行くことはありませんでした。
なかには、一日顔を合わせない日もありました。
そのため、春子さんも主治医に気をつかってしまい、聞きたいことがあってもなかなか聞けずにいました。
いざ勇気をだして声を掛けて呼び止めても、
「急患来たからあとにしてくれる?」
「ダメダメ。回診のときにしてくれないと」
という答えが帰ってくるだけでした。
こうしたやりとりは、忙しい病院では日常的にあることだと思います。
しかし、そういった病院の事情を知らない春子さんは、
「思ったことを、聞いただけなのに」
「相談を聞いてほしかっただけなのに」
と、自分が後回しにされているように感じ、孤独感が強まっていきました。
さらには、
「そんなことで、いちいち呼ばないで」
主治医に実際にいわれたわけではないのに、そんな風に思われていると感じるようになってしまいました。
結局、退院する日まで、このよじれた関係は修復されませんでした。
骨折の治療は順調に進み、退院の日を迎えることができた春子さんですが、どこか心にポッカリと穴があいたような気持ちになっていました。
退院後も経過観察で通うようにと指示されていましたが、春子さんの希望でほかの病院に紹介状を書いてもらい、そちらに通院する形になりました。
関係がよじれた原因と、すぐ実践できる2つの対策方法
なぜ適切な治療がされていながら、主治医と春子さんの関係はよじれてしまったのでしょうか?なにか対策をとることはできなかったのでしょうか?
今回のケースでポイントとなる点は、次の2つです。
- ・春子さんに接する時間が少なかったこと
- ・春子さんの不満や不安のはけ口がなかったこと
しかし、ただでさえ忙しい医師やメディカルスタッフに、
「すべての患者さんと接する時間を、多く確保してください」
という指示がでたとしたら、どうなるでしょう?
おそらく患者さんは大変満足しますが、病院の診療はうまく回らなくなってしまいます。
まとめて時間をとることができないのであれば、患者さんと接する時間を短く、回数を多くすることでカバーすることができます。
また、患者さんがずっと不満や不安を打ち明けることができずにいると、どんどんフラストレーションがたまってしまい、自分の殻にこもってしまいます。
春子さんの場合、入院の経験すらないほど健康であったため、病院がそこまで忙しいものとは知りませんでした。
しかし、医師がそれを理解していると思い込んで対応してしまったため、春子さんは戸惑ってしまったのです。
患者さんは、自分が思っている不安や不満などを相手に伝えることで、置かれている状況を整理し、自身の感情を落ち着かせることができます。
また、それを主治医やメディカルスタッフに伝えてもらうことで、患者さんの悩みを共有することができ、一人で考え込むことを予防するとともに、信頼関係を築くことができます。
このように、接触機会を多くすること、雑談ではなく不満や不安を聴取し一緒に共有することは、行動心理学的に非常に有用です。
以下ではその効果について、それぞれ解説していきます。
接する回数を増やして解決!~ザイオンス効果~
接する回数を増やすことで、対策をとることができると上述しました。
これは、ザイオンス効果というものを利用した方法になります。
ザイオンス効果とは、人やモノに接する機会が多くなればなるほど、その人やモノに対して好印象を持つようになるという効果です。
これは、恋愛にも共通していえます。
ある女性に一目ぼれをしたとします。
その女性と親密になりたいと考えたときに、一度目のデートで相手の好感度を高めるスキルをお持ちの方であれば、この方法は必要ありません。
しかし、世の中そういった方ばかりではありません。
最初はお互いに緊張して、まったくしゃべれない場合もあるでしょう。
途中で打ちとけたとして、ある程度までは理解できても、その人の本質を理解するには時間を必要とします。
それは患者さんも同じです。
毎日顔を合わせるにしても、回診だけでは少なすぎます。
さきほどの春子さんの例でいえば、回診以外の時間で、どれだけ春子さんと接する回数をつくれるかが重要になってきます。
たとえば外来診療を終えて、手術室に向かう途中病室にふらっと立ち寄り、
「調子はどうですか?お昼ごはんは食べましたか?」
という声掛けだけでも良いのです。
別に、症状の話でなくても構いません。
「今日は顔色が良いですね!」
「退院したら、どこかお出かけの予定はあるんですか?」
そんな普通の世間話をするだけでも良いのです。
この機会をつくるだけでも、春子さんとしては、
「この先生は自分を気にかけてくれているんだ」
「この先生になら安心して任せられるな」
という信頼関係が形成されていきます。
その結果、患者さん側から自ずと悩みや不安を打ち明ける機会ができてきて、さらに信頼関係を深めることが可能になるのです。
非常にささいなことではありますが、こうした気づかいを示すことで、患者さんの印象は大きく変わります。
医療を提供するまえに、人間対人間のコミュニケーションがあるということが大切です。
不安や悩みの相談は積極的に!~カタルシス効果~
次に、カタルシス効果についてです。
これは、上述したザイオンス効果を上手に活用し、信頼関係が形成されたうえではじめて効果を発揮します。
カタルシス効果とは、心のなかにある不満や不安、怒り、苦しみなどの感情を言葉にだして表面化すると、安心感や「話してよかった」という安ど感を得ることができる、というものです。
カタルシスとは、ギリシャ語で「浄化」という意味を持ち、別名「心の浄化作用」とも呼ばれています。
これは、精神疾患患者さんを対応する際によく用いられている方法で、ポイントとなるのは、基本的にアドバイスを必要としないということです。
信頼関係が形成されても、患者さんは自身を取り巻く環境のなかで、さまざまな不安や不満を抱えています。
そこで、どういったことが不満で、なぜ不安になっているのかということを、患者さんの言葉で外に表出するよう促していくのです。
言葉にだし、それを聞いてもらうことで、患者さんは客観的に自分をみることができ、不安や不満がなぜ起きるのかを冷静に捉えることができます。
相談の内容から解決策へと導くというよりは、患者さんの言葉一つひとつにしっかりと耳を傾け、患者さんの立場に立って対応することで、安心感や安ど感を持ってもらうことが重要です。
これにより、適切なメンタルコントロールを維持することにつながると同時に、なにか不満や不安があった際には、そのはけ口があることを認識することで自然とため込まないようになっていきます。
接触が多くなれば医師やメディカルスタッフも、自然と
「春子さん、今日はどうかな?」
という思いになり、自然と春子さんの元を訪れる機会が増えていくのです。
つまり、ザイオンス効果とカタルシス効果がループしていくのです。
これらの好循環により、「心のケア」が実施されていきます。
まとめ
今回は、患者さんの例をあげ、その対処法をケーススタディーのようにしてまとめました。
心には実像がありません。
だからこそ、その対処方法を身につけておく必要性がありますし、重要性を理解しておくことがとても大切になるのです。
病院や医療機関が増えており、患者さんが病院を選べる時代になってきました。
そのなかで、自院を患者さんに選んでもらうためには、よりよい医療を提供する以前に、人間対人間のコミュニケーションが非常に重要であるということを忘れずに、日々の診療にあたりたいものです。