計算・音読などの学習プリントは効果アリ?認知症の方を対象とした文献からその真相を探る
認知症の方でも比較的取り組んでいただきやすい活動の一つに、学習プリントを使ったものが挙げられます。
介護スタッフが利用者さんに提供する活動として用いることもあれば、「学習療法」として作業療法士がリハビリのなかで提供することもあると思います。
今回は、普段何気なく使っている学習プリントが認知症の方にもたらす効果について、文献から調査してみました。
「学習プリント」は認知症の方に効果アリ?
介護施設で働く方や、認知症の方のリハビリに携わったことがある方なら、「学習プリント」を使って介入した経験があるのではないでしょうか?
ここでいう学習プリントとは、文字の読み書きや計算などを行うためのプリントのことです。
机上で手軽に実施していただけるうえに、なんとなく「頭を使う活動」というイメージがあるので、導入しやすいアクティビティの一つとしてよく用いられます。
しかし、果たして計算や音読プリントなどに取り組んでいただくことで、本当に脳は活性化されているのでしょうか?
まったく意味がない活動とは思いませんが、本当に認知症の方に効果があるものなのか疑問に感じる瞬間はあることでしょう。
介護やリハビリのスタッフとしても、活動をなんとなく提供するのではなく、「この目的のために、この活動を行う」といった明確な意図があるほうがやりがいを感じるものでしょう。
そうした意味でも、提供する活動の「エビデンス」を考えていくことは大切になります。
計算、読書…学習療法のエビデンスを探る
Kawashima(2013)は、32名のアルツハイマー病の方を対象に、学習療法の効果を検証しました。
この報告のなかでは、2つの学習課題を6カ月にわたり提供し、アルツハイマー病の方にどのような影響がもたらされるのかを調査しています。
この研究で用いられた方法を、次の表にまとめていきます。
対象者 | 施設に入所するアルツハイマー病の方 32名 |
---|---|
頻度 | 週に約5日 |
時間 | 1回15〜20分 |
継続期間 | 6カ月 |
実施した内容 | 計算・読書 |
この研究では、週に5日というスケジュールで、6カ月間にわたって介入を続けています。
計算や読書といった、よく行われる学習療法の効果を検証しているので、これを半年間続けた結果、どのような変化が生じるのかは興味深いです。
計算や読書の難易度はその方によって異なりますが、最も難しい課題では3桁の割り算・おとぎ話の音読を行っています。
これらの介入の前後でMMSE(Mini mental state examination)とFAB(前頭葉機能検査)を実施し、どのように変化するかを調査しています。
MMSEは長谷川式簡易知能検査(HDS-R)と同様になじみがある検査だと思います。
FABは前頭葉の検査ですが、注意・思考などの機能を評価することができます。
この研究の結果、学習療法を行ったグループではMMSEは維持・FABは向上されたのに対し、学習療法を実施しなかったグループではMMSEが低下・FABに変化なしという結果になりました。
学習療法を行ったグループにのみ、認知機能・前頭葉機能を維持あるいは向上させることができたということになります。
これまで何気なく利用者さんに学習プリント課題などを配っていた介護施設の職員も、エビデンスに基づいて活動を提供できるようになるかもしれません。
今回の場合は高頻度で6カ月間もの間、課題を継続しているので、これを完全に同じように実施することは難しい施設もあるでしょう。
しかし、このように根拠に基づいたアプローチによって、専門性に磨きをかけることができるのではないでしょうか?
なぜ学習療法が認知機能に良い影響をもたらすのか
計算や音読などの学習療法は、なぜ認知機能に良い影響をもたらすのか疑問に感じる方もいるのではないでしょうか。
実際に脳のなかでなにが起こっているのかは、脳画像などで検証しない限り説明はつかないかもしれません。
ただ、先述の研究論文の導入部分に、それぞれの学習課題で必要になるプロセスについて触れられています。
なぜ学習課題が認知症の方に恩恵をもたらすのかを考えるうえで、こちらの情報が参考になると感じました。
- ●計算:数字の認識、計算の実行、手の動きのコントロール
- ●読書:単語の認識、図形から音韻への変換、意味の分析、発音のコントロール
このように、計算や読書という何気ない活動のなかにも、まずは数字や文字を認識することからはじまり、最終的には手や発音などのコントロールが必要になるなど、さまざまな要素が含まれています。
一般的に「頭を使う」と簡単にまとめている事柄でも、詳しく工程を分析してみるといろいろな力が要求されることが多いのではないでしょうか。
認知症の方に提供するアクティビティとして、必ずしも学習課題が最適であるかどうかはわかりませんが、少なくとも脳や体のさまざまな回路を刺激できる可能性があるといえるでしょう。
もちろん、ほかにも脳を刺激できる可能性があるアクティビティは多くありますが、一つの選択肢として学習課題を提供するということは可能です。
筆者の経験では、あまりレクリエーションに積極的ではない男性の利用者さんも、計算プリントは取り組んでいただきやすい傾向にあると感じます。
しかし、その方によって興味・関心は異なってくるので、実際の利用者さんの反応を観察しながら、丁寧にひも解いていくことが大切になります。
まとめ
これまで何気なく行ってきた計算や音読などのプリント学習は、「本当に意味があるのだろうか」と自問自答していた方もいるのではないでしょうか?
今回ご紹介したように、認知症の方に対するこうした学習療法の効果は、科学的にも示されるようになってきています。
もちろん学習プリントなどを提供して終わりにするのではなく、ちょっとした声かけなどの関わり方も大変重要になってくるでしょう。
強制になることは避けたいですが、興味を示す利用者さんにはアクティビティとして積極的に提供していきたいところです。
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参考:
Ryuta Kawashima: Mental Exercises for Cognitive Function: Clinical Evidence. J Prev Med Public Health6: S22-S27, 2013.