車いすフットレストの事故は上げ忘れだけではない。整備不良・移乗時にひっかける事故も
車いすのフットレストの上げ忘れによる転倒などの事故は、介助者によるもの以外に、要介護者自身によるものもあります。
思いもかけない事故もありますので、具体的な事故事例から今後の対策を考えます。
目次
ただ移動するためだけの道具ではない、車いすの役割と構造
脳梗塞後に自立歩行が難しくなった方、腰椎の圧迫骨折後に疼痛で歩行に耐えられない方、認知症などで歩行できなくなった方など、要介護となった方の車いすを使い始めた理由や使用目的はさまざまです。
本来のADL(日常生活動作)であれば、「歩けないから外出が難しい」とされていた方も、車いすの使用によって行動範囲が広がります。
車いすは要介護者のADLを少しでも広げるための助けとなる道具なのです。
車いすはきちんと使えば便利な移送具ですが、要介護者の足元を支える、ふくらはぎを支えるフットレッグサポートや足裏を乗せるフットレスト周辺を原因とした事故が全国で報告されています。
日常的に車いすを使う方であれば、特に構造を理解し、どのような事故が起こりうるかを知っておくことも必要です。
以下に事故事例について紹介します。
事故事例1:要介護者の労作による事故
フットレストを下ろした状態で要介護者が立ち上がろうとし、車いすごと前に転倒してしまう事故。
これはフットレストの事故でも一番多いのではないでしょうか。
実際、病院の診察室でもフットレストを下ろしたまま立ち上がろうとする患者さんを何度も見かけた経験があります。
フットレストは要介護者が乗った状態で前進するときには足を支えてくれる便利な部位ではあります。
しかし、フットレストを下ろしたままの状態で立ち上がってしまうと、フットレストの狭い面積にすべての加重がかかり、かなりの勢いがついて前に転倒してしまうのです。
また、座った状態でフットレストに足を乗せたまま、前に落ちたものを拾おうとして転倒した例もあります。
要介護者は、転倒しそうになったときに反射的に手を出すことは難しいため、転倒はけがをする原因にもなりえるのです。
車いすに乗った状態での転倒は、頭部に打撲を負ったり、そのときに大きな外傷を負わなくても硬膜下血腫が見つかったりと大きなけがをする恐れもあります。
車いすの説明書によると、「車いすからの乗降時には、必ずフットレストを上げること」とあります。
ところが、要介護者が認知症である場合など、車いすの使用方法に自分では気を配れないことも多いのではないでしょうか。
要介護者が車いすに乗っているときは、介助者が目を離さないよう、注意する必要があります。
デイサービスなどで要介護者の受け入れをしていますと「うっかり立ってしまうなら、ベルトで縛っておく」というご家族もいらっしゃいます。
介護されるご家族は大変でしょうし、事故を防ぎたい気持ちもわかります。
しかし、人権の問題もあり、どこまで抑制をするかは難しい問題です。
要介護者の膝の上に物を載せない、車いすに乗っているときは目を離さないようにする、という抑制に代わるような対策も必要なのです。
事故事例2:車いすフットレストの整備不良による事故
フットレストは、フットサポートから内側に2つ出ています。
フットサポートから回転させることでフットレストを上げて収納したり、下ろして足を乗せたりすることができます。
この上げ下げする回転部分の不良が原因で、事故が起こるケースがあります。
たとえば、要介護者が車いすから降りるためにフットレストをしっかり上げた後に立ち上がったのに、一歩前に出ようとしたときにフットレストが下りてしまい、足がフットレストと車いす本体の間に挟まれて転倒してしまうという事故です。
このような事故はトイレなど狭い場所で起こりえます。
すぐ後ろに介助者がついていても、狭い空間では前のフットレストが下りてしまった状態が見えないため、要介護者が転倒するリスクが高まります。
転倒したときにトイレの本体や手すりに顔をぶつけてしまう恐れもあるのです。
フットレストが思いがけず足を挟みこんで転倒すると、要介護者はパニックになり、さらに大きなけがを招くことも。
車いすに乗る前は、ブレーキがきちんと効くかどうか以外にも、フットレストが自然と落ちてきてしまうことがないかという確認も必要なのです。
事故事例3:介助者の不注意による事故
●フットレストを下げ忘れて前進
車いすからの乗降時にはフットレストの上げ下げを確認するのが基本ですが、要介護者を乗せた後、フットレストを下ろして足を乗せたかを確認せずに移動し始めるケースがあります。
この場合、足が地面についたまま車いすが動き出してしまうので、足が地面に引きずられ、場合によっては足背部に擦過傷などを負ってしまう場合もあります。
場合によっては足関節が本来向いているべき向きと反対に向いたまま車いすが進んでしまうことで、捻挫などのリスクもあります。
フットレストを下げ忘れたまま進むことは、足元のけがの危険性があるのです。
●フットレストの下ろし忘れによるずり落ち
普段、車いすで移動している要介護者は、食事のときには車いすのままテーブルにつくことがあります。
このとき、フットレストを下ろし忘れてテーブルに車いすをつけていると、一人での座位が困難な方は徐々に体が車いすからずり落ちていってしまうのです。
麻痺があったり、筋力低下が進んでいたりする要介護者は、車いすに座っているときはフットレストに乗った足がストッパーの役割をして座位を保持できている場合があります。
フットレストが上げられていると体を支えられず、自分の重さでずるずると体全体が落ちていきます。
こうした状態も、介護施設などで目にすることがあります。
介助者が気づくのが遅れた場合は、徐々に落ちていった体が、そのまま車いすから転落する恐れがあるのです。
転落にスピードがついていない分、大きなけがにはつながらないかもしれませんが、捻挫などのリスクは伴います。
車いすをテーブルにつけるときは、ブレーキがかかっているか、フットレストが下りて足がきちんと乗っているかの確認が必要なのです。
事故事例4:車いすからの移乗時・移送時に起きる事故
●車いすの全長を把握していない
介助者が車いすを押して前に進んでいると、思ったよりも車いすが前に出ていることに気がつくのではないでしょうか。
目の前に乗っている要介護者よりも前にフットレストが出ているので、見えている部分よりも車いすは前後に長いのです。
たとえば、車いすに要介護者を乗せてベッドの近くまで移送したとき、フットレストの長さを忘れて車いす本体をベッドに寄せてしまい、フットレストごと足をベッドにぶつけてしまう事故。
介助者の目線からは要介護者の膝までしか見えていないことも多く、うっかり車いすのフットレストまでの長さを忘れてぶつけてしまうのです。
実はこうした事故は医療従事者が介助している介護施設や病院でも起こりえます。
内閣府によると、要介護者を介護する人の25%は配偶者。
次いで子供が21%、子の配偶者が9.7%。
自宅で介護を受ける場合、家族の協力なしには生活が困難な方も多いでしょう。
実際、病院の外来でも高齢の妻が夫の車いすを押して来院するという姿をよく見かけます。
医療従事者でも車いすの事故を招く場合もあるというのに、高齢のご家族に「注意を払って車いすの取り扱いを行う」ことは難しいのではないでしょうか。
しかし、介助者側が原因で起こりうる事故は把握しておく必要があるでしょう。
●段差の昇降時に起きる事故
介助者が要介護者を乗せた後、フットレストの確認をしたにもかかわらず、起きる事故もあります。
たとえば歩道の段差に勢いをつけて乗り上げ、その衝撃で足がフットレストから落ちてしまう事故です。
このとき、足が落ちたことは介助者から見えませんので、足が落ちたまま前に進んでしまい、要介護者が足の痛みを訴えて初めて足が落ちていたことに気づきます。
さらに、要介護者が認知症や脳梗塞後の言語障害で痛みを訴えられない場合、足を落としたままかなりの距離を進んでしまうこともあるのです。
こうした事故では、足背部の擦過傷や足首の捻挫のリスクが伴います。
段差の昇降後は要介護者の状態を確認する必要があり、無理な段差の乗り越えは避けたほうが良いでしょう。
要介護者の自立を助けるはずが、けがの原因にならないために
車いすは痛みや麻痺があって思うように歩けない方の移動にはとても便利な道具です。
しかし、整備不良や車いすの構造の理解不足で起きる事故は後を絶ちません。
行動範囲を広げるはずの移送具で要介護者がけがをすると、けがが治るまで安静を強いられ、かえってADLが低下する恐れがあります。
こうした不都合を起こさないため、車いすの構造・起こりうる事故は頭に入れて介護に臨んでいきましょう。
参考:
株式会社ミキ ジターンシリーズ取扱説明書(2021年4月22日引用)
内閣府 平成30年版高齢社会白書(全体版)第1章 高齢化の状況(第2節2)(2021年4月22日引用)
厚生労働省 福祉用具ヒヤリハット事例集2019(2021年4月22日引用)
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執筆者
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小児外科・整形外科病棟・総合病院の外来などを経て2015年より医療・看護ライターに。並行して派遣看護師としてデイサービス・整形クリニック・健診機関などで勤務しています。看護師歴は20年以上。看護の知識と実践で得たことを糧に、読者様にわかりやすい記事を届けます。
保有資格:看護師・介護支援専門員