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  • 吉田 梓

    公開日: 2021年07月22日
  • 入居者さんのケア

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実録!視覚障害のある入居者さんの笑顔を取り戻した、入浴介助の工夫

施設の入浴では、音楽を流すことで入居者さんのリラックス効果が高まることがあります。
また、入浴剤を入れることで香りも楽しむことができ、気持ちもほぐれていきます。
今回は入浴介助を工夫することで、視覚障害のある入居者さんの笑顔を取り戻した事例を、実体験を交えながらご紹介します。

視覚障害のある入居者さんの入浴介助

入居者さんがどんな人生を歩んで来たのかを知り、共感で信頼を築く

入居者さんのこれまでの人生を知る

サービス付き高齢者住宅で生活している佐藤さん(仮・女性)は、軽度の認知症に加え視覚障害があり、日常生活が思うようにいかずにいました。
佐藤さんは入居当時、館に併設しているデイサービスを利用していました。
しかし、利用の拒否が相次ぎ、佐藤さんがほかの入居者さんやスタッフに心を開くこともありませんでした。
さらに、居室内で転倒し車いす生活になったことで認知症も進行してしまいました。
次第に無気力状態となり、昼夜問わず「死にたい、殺してほしい」とコールを押してくることもありました。
なんとかこの状態を改善したいと考えた私は、訪問入浴の時間に佐藤さんが楽しくなるような話題を見つけるために、無理のないペースで質問をくり返しました。
ある日、佐藤さんが文学少女だったことを教えてくれました。
「あの頃はね、たくさん読んだものよ。でも最近の若者はもう小説も読まないんでしょうね」
「そんなことないよ。私、内田百閒好きだもん」
私が文豪の名を告げると、佐藤さんはうれしそうに驚きました。
「こんな場所で、その名前を聞けるなんて思わなかったわ!」
佐藤さんは、自分の好きなものに共感してくれるひとが、この施設にはいないのではないかと思っていたそうです。
しかし、理解者が近くにいると知ると、安心してたくさんのことを話してくれました。

入居者さんのことをよく知り、傾聴することは介護の基本である受容への出発点です。
「受け入れられている」という実感は、お互いの信頼関係を強固にし、より良い介護の後押しになります。

嗅覚には入浴剤でアプローチ!

嗅覚には入浴剤でアプローチ!

心を開き始めた佐藤さんですが、会話だけでは前向きになってもらえないときもありました。
そこで、視覚以外の五感をもっと充実させようと考えました。
まずは嗅覚からです。
施設での暮らしはなかなか外出ができず、季節を感じることは容易ではありません。
私の職場では、花見の時期は桜の香りの入浴剤、冬至には実際に柚子を入れて、入居者さんに少しでも季節の変化を楽しんでもらっています。
佐藤さんはバラが好きだったので、備品の入浴剤を試しに使用してみました。
すると、どうでしょう。
「良い香りね~」と、お湯をすくって匂いを確かめたあと、おもむろに鼻歌をもらしたのです。
あまりの上手さ、透き通った声色に、私は驚いてしまいました。
なぜなら佐藤さんは、デイサービスでカラオケを勧められても拒み、ほかの入居者さんの演歌に耳をふさいでいたからです。
佐藤さんは視覚が閉ざされているぶん、聴覚が過敏となり、ささいな音でも騒音と認識していたそうでした。
しかし、自分の好きな音楽は別です。
「昔は合唱部だったのよクラシックが好きでね」
佐藤さんはそう言うと「一緒に歌いましょ、あなたはアルトね」と、私を誘うのでした。
無気力だった佐藤さんが、やりたいことを初めて教えてくれた瞬間でした。

お風呂を音楽ホールに変換、好きな音楽で聴覚を豊かに

佐藤さんの「誰かと一緒に合唱したい」という願いは、すべてのスタッフが叶えられるものではありません。
入浴介助を行うスタッフが毎回同じではないからです。
私がその都度一緒に歌ってしまうと、毎回ほかのスタッフも歌ってもらえるものだと、佐藤さんは思い込んでしまいます。
ほかのスタッフも、いきなり歌を懇願されても困惑してしまいます。
せっかくの佐藤さんの要望に最適な形で応えるにはどうしたらよいでしょうか?
私は上司や同僚に相談しました。
議論の結果、ご家族様の許可を得て、防水ラジカセを購入することになりました。
クラシックや合唱曲を流し、自由な心で歌ってもらおうというのです。
ラジカセの音量を目いっぱいに上げて、浴室内にオーケストラの贅沢な響きを届けます。
さながら浴室は音楽ホールのようです。
「第九?」
「そう、佐藤さんの好きなベートーヴェン。そろそろ『歓喜の歌』、来るよ!」
佐藤さんはおだやかな笑顔で、ソプラノパートを歌い始めました。

嗅覚に次いで、佐藤さんは聴覚でも楽しみを見いだしました。

入浴後の水分補給は、味覚に訴える

入浴後の水分補給は、味覚に訴える

ラジカセで流したCDは、ご家族様がご厚意で送ってくださったものです。
荷物にはCDのほかにとらやの羊羹が入っていました。
佐藤さんの大好物だそうで、入浴後の水分補給の際に提供すると、たちまちご機嫌になりました。
視覚障害のある方は、味覚にも敏感です。
なじみのある味と再会すれば、心も踊ります。

手ざわりも重要です

ふだんの入浴介助でも、香りや音楽を取り入れることで入居者さんを楽しませることができます。
水分補給の飲み物も変化をつけると喜ばれるでしょう。
視覚障害のある入居者さんは、指先でさまざまな物にふれ、見ようとしています。
タオルだったらふかふかなものを選んだり、着替える服にも直接ふれてもらい、入居者さんに好きな手ざわりの服を選んでもらうようにしましょう。

また、今回の入浴介助で行った工夫は、ご家族様の協力があったおかげで成功したものです。
経済的余裕も影響しています。
まずは無理のない程度で、できそうなことから始めてみてください。

  • 執筆者

    吉田 梓

  • 俳句や文章を書く、現役介護福祉士。
    サービス付き高齢者向け住宅で、訪問介護をしています。
    入居者様ひとりひとりの人生に寄り添い、個性を失わせないような介護を目指して、日々邁進中です。
    日々の実体験を踏まえ、現場に特化した目線で、皆様のお役に立てるような身近な介護情報をお届けしていきます!

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