利用者さんを転ばせないために!訪問看護師が伝える転倒予防対策とアドバイス
ご高齢の方は転びやすく、転倒をきっかけに寝たきりになることも少なくありません。
多くの方が利用する高齢者施設においては、転倒予防のリスクマネジメントは切実な問題ではないでしょうか。
訪問看護師である筆者も、日々悩みながら対策を講じています。
そこで今回は、筆者が考える転倒予防についてお伝えします。
転倒リスクは一つじゃない。複数の転びやすさをチェックして対策をとる
「高齢者は転びやすい」とはよく言われることですが、具体的な転倒リスクを知らなければ対策をとることはできません。
転倒リスクには、本人側のもの(内的因子)、環境(外的因子)、個人因子が考えられます。
●青信号、渡りきれるかが、体力・筋力低下の目安
横断歩道を青信号のうちに渡りきれずにいるご高齢の方を、見たことはありませんか?
横断歩道は、1秒で1メートル歩けば渡り切れるようになっています。
よって、渡りきれなくなったら、歩く速度が遅くなっているということです。
そして歩く速度が遅くなっているなら、体力や筋力も低下していることを示しています。
なかには「こんな歳になって運動をしても仕方がない」とおっしゃる方もいますが、日常生活における身体活動が、寝たきりや死亡を減少させる効果があると厚生労働省も述べており、体力や筋力を維持するために、何歳になっても運動することには意味があるといえます。
●特定の疾患を持っている、あるいは薬を5種類以上飲んでいる人は転びやすい
内的要因には疾患に関わるものもあります。
いくつか例をあげてみます。
- ・変形性膝関節症による膝の痛み
- ・パーキンソン病などによるふらつき
- ・心疾患による息切れ
- ・食欲不振などからの低栄養状態
- ・目が見えにくい、耳が聞こえにくい
- ・認知症
- ・骨粗しょう症
これらの疾患を持っている方は転ぶリスクが高いため、注意が必要です。
また、「高齢者が気を付けたい多すぎる薬と副作用」によると、薬を5種類以上飲んでいる方の4割がふらつきや転倒があるというデータが示されています。
たくさん薬を飲んでいて転倒を繰り返す方は、薬の見直しを主治医に相談することも転倒を減らすための対策方法の一つです。
●高齢者は平地でも転んでしまう
外的要因である環境は、すぐに対策できるものも多くあります。
ご高齢の方は、段差はもちろん平地でも転びやすいという特徴がありますから、通り道に不要なものを置かないようにしましょう。
施設では利用者さん一人ひとりに合わせて設備を変えるわけにはいきませんので、整理整頓を心掛けるところから、始めてみてはいかがでしょうか。
●個性に合わせたケアを行う重要性
多くの利用者さんに対し、それぞれの個性に合わせたケアをするのは可能なのでしょうか。
ここで、筆者が経験した例をご紹介します。
ご高齢の女性、骨粗しょう症による腰椎圧迫骨折から円背が著明でした。
骨折には至らないものの、転倒を繰り返していました。
つかまり歩きはできるのですが、「今度転んだら骨折するかもしれない」という不安からご家族がいつもそばにいて、歩かなくても済むように先回りしてお世話をしていました。
ご家族がそばにいるときには立ち上がろうとしないのに、短時間でもそばを離れるとすぐに立ち上がり、転倒するというパターンです。
あるときふと「自分で歩きたいのではないか」と思い立ち、移動範囲に手すりを設置してみることにしました。
すると、歩きたいときにご家族に声をかけ、手すりにつかまりながら自分で移動できるようになり、転倒が劇的に減少したのです。
利用者さんごとにアセスメントしてリスクの高い場面を中心に対策をとり、さらに利用者さんの持っている力を生かすにはどうしたらいいかを考えることが、転倒を減らすためには重要です。
根気のいる作業ですが、事故が起きてから悔やむよりは、前向きな取り組みだと考えます。
それでも転んでしまったら。状況分析・改善を繰り返す
転倒についてさまざまな対策をしているにも関わらず、利用者さんが転んでしまったら。
まずは利用者さんの状態確認が最優先です。
けがはないか、骨折はしていないか、精神的に不安定ではないか。
利用者さんの安全を確認したら、できるだけ早く事故の詳細の聞き取りをしましょう。
時間がたってしまうと、人の記憶はあいまいになってしまいます。
そこで情報が新鮮なうちに「なぜ転倒事故が起きたのか」の振り返りをすることで、正しい分析ができ、再発防止に役立てることができます。
筆者は転倒事故が起きた場合、まずはご家族に詳細の聞き取りと、現場の確認を行います。
次になぜ事故が起きたのかを筆者なりに分析し、チームメンバー(利用者さんにかかわる他職種)に報告します。
そして、ヘルパーさんやリハビリスタッフ、福祉用具担当の方からそれぞれの目線での意見を募り、チームメンバー全員で改善策を考えます。
改善策を実行したら、うまく機能しているのか評価します。
転倒予防は対策を考えたら終わりではなく、評価、改善の繰り返しが事故を減らすことにつながります。
特に施設の転倒予防の場合は、規模や構造、利用者さんの傾向に違いがありますから、施設ごとにデータを収集(転倒の多い場所や転倒の特徴など)し、対策に反映させることが大切だと考えます。
介護職員の意識が高まるような組織づくり
複数の介護職員が交代しながら勤務する施設では、職員のケアの質も利用者さんの転倒リスクに影響を与えるため、職員のケアのレベルが一定になるよう、施設ごとに知識、技術習得に向けた勉強会が必要です。
そのためには前項でも述べたように、自分たちの施設の特徴や、転倒の傾向を把握して生かすことが大切です。
しかし、どんなに対策しても転倒事故はゼロにはなりません。
筆者は訪問看護師なので、利用者さんと接するのは1時間ほどです。
転倒に遭遇することはなく、ご家族から報告を受けるのがほとんどです。
それでも、「また転ばせてしまった」とネガティブな気持ちになるのですから、長時間利用者さんと接し、転倒の場面に直接かかわる介護職員の方がモチベーションを維持するのは大変なことでしょう。
転倒事故が起きると、転んでしまった本人はもちろん、居合わせた人もひどく動揺しているものです。
筆者に転倒の報告が入るとき、ご家族の方はみんな、慌てていらっしゃいます。
対策をしていればしているほど「自分がそばにいたのに転ばせてしまった」と自分を責める方が多いです。
転倒事故が起きてしまったら、誰の責任かを追及するのではなく、関わる人全員(組織やチーム)の問題であると考える姿勢。
これが介護施設における転倒事故を減らすために、大切なのではないでしょうか。
まとめ
転倒はご自身で動くことができるからこそ、起こるともいえます。
転倒を恐れるあまり、つい利用者さんの行動を制限してしまうことはないでしょうか。
行動を制限すれば、利用者さんの生活の質を低下させ、ひいては能力を低下させてしまうこともあるのです。
転倒予防対策を考える際には「利用者さんの持っている能力をどう生かすか」も大切だと考えます。
参考:
厚生労働省 身体活動・運動(2018年3月11日引用)
日本医療開発機構研究費「高齢者の多剤処方見直しのための医師・薬剤師連携ガイドに関する研究」研究班、日本老年薬学会、日本老年医学会 高齢者が気を付けたい多すぎる薬と副作用 2016年(2018年3月11日引用)
東京都福祉保健局 社会福祉施設におけるリスクマネジメントガイドライン 2009年(2018年3月11日引用)