介護老人保健施設から在宅復帰へ。取り組みを大幅に助けた24時間シートとは?
高齢者の方は、一旦施設に入ったらもうずっとそのままそこで生活をする。多くの方はそのような認識を持っていますが、実際の所「在宅復帰」という選択肢もあります。しかし在宅復帰には介護側も、そして在宅復帰後の介護者たる家族の方にも課題は山積みです。そこで今回は、在宅復帰に向けた取り組みを大幅に助けた「24時間シート」というものについて紹介します。
在宅復帰の第1歩は、介護者への説明から
介護老人保健施設の非常に大切な役割のひとつに、在宅復帰支援があります。
在宅復帰を支援するにあたり、認知症高齢者の入居者と介護者(家族の方など)の不安や負担を軽減することは重要です。
施設生活から在宅生活に移行する際に環境の変化が生じます。認知症高齢者の方にとっては、心身に大きな影響を与えてしまうことも多いので、可能な限りギャップを少なくする必要があります。
介護者が家族の方である場合、認知症の入居者とどう向き合えばいいのか、どのように介護すればよいのかを十分理解できていないことが多々あるので、入居者の症状や介助方法、施設内での日々の生活を家族の方に説明しなければなりません。
それこそが、在宅復帰のへの大切な第1歩なのです。
24時間シートとは
24時間シートとは24時間の入居者の生活を記載したものです。睡眠時間や入浴の時間、何が必要で、何が入居者にできて、どんなサポートが必要なのかを確認することができるようになっています。
入居者さんの言葉・行動・思いを考えるシートもあり、入居者さんの言葉・言動に対して、入居者さんがどう思われているのか(入居者さんが意思表示などのコミュニケーション力が無い場合は、職員の想像になるケースもある)という部分から推測したニーズや、必要なサポートを記載した書類も用います。
この24時間シートを用いた取り組みを行うことによって、入居者さんと介護者になる家族の方の不安や負担を軽減し、安心して在宅復帰を果たすことができました。その取り組みの1例として、今回は田中さん(仮名)の事例を紹介します。
ちなみに、認知症だからそもそも不安に感じないのでは?との考え方は大きな間違いです。
当たり前のことですが、認知症の方にも感情や情動がありますので、環境の変化などの自身の身辺に影響がでることに対して不安が募ります。
田中さん(仮名)が在宅復帰するまでの軌跡
田中さん(仮名)は80代の女性で、アルツハイマー認知症です。
要介護度は4で、障害高齢者の日常生活自立支援度はB1です。
要介護度は要支援1から要介護5の7段階で最重度が要介護5で、日常生活自立支援度はJ→A→B→Cの順で重くなります。
また、認知症高齢者の日常生活自立度はⅢaでした。こちらもⅠ~Ⅳまでの段階があり、Ⅳが最重度です。
つまり、田中さんは身体・認知機能面で重度な部類に位置されているわけです。
右足には歩行機能を補助する装具を着用しており、装具は田中さん自身で脱着することができません。
壁を利用した伝い歩きや歩行器歩行は可能ですが、足の運びが悪いため、転倒のリスクも高い状態でもありました。
意思を明確に介護者に伝えることも困難で「誰か来てー」と大声をあげることや、考えがまとまらず「どうしたらいいの?」と混乱することや、現状を理解できず「何とかしなければ」と焦っていらだつこともありました。
施設に入居される以前は、自宅で介護者である長女さんと2人で暮らしていました。認知症の進行やADL(Activities of Daily Living:日常生活動作)の低下がみられるようになり、リハビリや長女のレスパイト(休息)を目的に半年前に当施設に入居したというのが経緯です。
長女がまた田中さんと一緒に生活したいと望んでいたため、24時間シートを活用することになりました。
24時間シートを作成するにあたり、介護職(介護福祉士)・社会福祉士・看護師・理学療法士(PT)・栄養士などさまざまな視点を持っている職員が、田中さんの言葉や言動、それから想像する田中さんの思いについて意見を出し合いました。
そして長女の意見も加え、田中さんの言葉・行動・思いを考える24時間シートを作成しました。
職員だけで把握すればよいものではないので、簡潔でわかりやすく作成し、長女さんに円滑に在宅復帰が可能になるよう、シートを見せて説明しました。
実際に介護にあたる長女も、田中さんを在宅で介護する時に特に注意したい点について理解を深めたようでした。
田中さんの言動や行動について情報を共有したところ、「靴(婦人靴)を履かずに歩く」、「ご飯だけでは食べないが、ふりかけや佃煮を乗せたりすると食べる」など、気になる行動について話題にあがりました。
「靴を履かずに歩く」行動に対し、職員や長女さんが想像する田中さんの思いは、「靴だと認識していない」、「履くのが面倒くさい」、「家の中で靴を履く習慣がない」などでした。
靴を履きやすい位置に置いても、履かないことのほうが多かったという目撃談もありました。
リハビリシューズなど履きやすい靴に変更してはどうかという意見がありましたが、「母の思い入れのある靴なので…」ということで、靴の変更には至りませんでした。
「変更できたか、できなかったか」が問題なのではなく、長女さんの意見をくんで24時間シートを作成することに意味があるのです。
次に、「ご飯だけでは食べないが、ふりかけや佃煮を乗せれば食べる」という行動に対して、職員から「ご飯の味がおいしくない」、「もともとご飯を好まず、あまり食べる習慣がなかった」、「おいしそうに感じない」からではないか、という意見があげられました。
パンやお粥を試しに提供しても食べなかったことを長女に伝えると「パンやお粥はもともと好きではなく食べませんでした。ご飯が大好きでした」、「ご飯の味が分からなくなっているのかもしれないですね」と長女から意見がもらえました。
食べようとする意欲はあるのですが、ご飯だけでは食べないという行動に対し、ふりかけなどを乗せたりするサポートについては、田中さんの「以前のように、またご飯をおいしく食べたい」というニーズに応えることができていると確認できました。
ひとつひとつの言葉・思いを汲み取る事が在宅復帰への道のり
田中さんの言葉・言動・思いを考えるシートを作成することにより、他職種の職員が田中さんの言葉や行動、思いについて改めて考えるきっかけとなりました。また、これでお互いに知らないことに気付くことができ、他職種の意見に共感することもありました。
田中さんの日課やできること、サポートが必要なことを理解することで、長女の介護に対する不安の軽減や介護力の向上につなげることができました。
また、田中さんの言葉・言動・思いを考えるシートや24時間シートを活用することで、説明や意見の集約(長女の意見も含む)し、当施設を田中さんの関わりを長女にも提供でき、施設職員との信頼関係も構築できたと評価できるのではないでしょうか。
これらの活動を経て無事に田中さんは在宅復帰となりました。
今回の取り組みから得られた効果を活用し、入居者や家族の方と連携を図りながら在宅復帰を目指していけるように、今後も継続し取り組みを行っていく必要がある。そのように感じた次第です。
なお最後に、長女には施設を退所したから関係が切れるわけではなく、いつでも相談に乗れる体制ができていること、介護疲れがでたらまた再入所もできること、この2点を伝えました。すると、長女は安心して帰路につきました。