介護現場の虐待はなぜ起こる?虐待防止に苦慮する現場
介護スタッフは日頃、良いケアを提供したいと奮闘を続けています。
しかし、そんなスタッフのほんのごく一部に、暴言を吐いたり、乱暴な介護を行ってしまう人間がいます。
そんなスタッフの存在は、スタッフや事業所、ひいては介護そのものへの不信感へとつながりかねません。
ここでは、そんなスタッフがなぜ生まれてしまうのか、また現場ではどう対応しているのかを探っていきましょう。
介護現場で起きる虐待のいま
2014年度に養介護施設従事者などによる虐待、と認められた件数は300件となっています。
前年2013年度から79件増加しています。
また、市町村への通報、相談された件数では養介護施設従業者によるものは1120件と、こちらも前年度より158件の増加となっています。
こうした数字は調査を重ねるごとに右肩上がりとなっています。
なぜ虐待が起きてしまうのでしょうか。
市町村からの意見を集めた結果は以下のようになっていました。
- 〇教育、知識、介護技術等に関する問題(62.6%)
- 〇職員のストレスや感情コントロールの問題(20.4%)
- 〇虐待を行った職員の性格や資質の問題(9.9%)
こうした問題の背景には介護業界の長年の問題である「介護人材の不足」が影響していると考えられます。
平成25年の厚生労働省のデータから、介護スタッフの「人手不足感」をみてみましょう。
●訪問介護
「大いに不足」27.1%
「不足」14.9%
●介護施設
「大いに不足」17.1%
「不足」5.6%
訪問介護で42%、介護施設で22.7%が「人手が足りない」と感じているのです。
人手不足によって、スタッフへの指導や教育が後手に回ってしまうこともあるでしょう。
目まぐるしい忙しさから、ストレスをためやすいという現状もあるでしょう。
人員配置を急ぎ、介護職に向いていないと思われる職員であっても雇用せざるを得ない面も否定できません。
そしてこれらの要因が複数、複雑に絡み合って、虐待という悲しい事態を引き起こしてしまっていると考えられます。
いずれにせよ、ごく一部とはいえ介護現場で虐待をしてしまったスタッフは存在します。
そんな事態を回避するために、どんな取り組みがなされているのでしょうか?
国の取り組み。高齢者虐待防止法の施行
国は平成18年4月、「高齢者虐待防止法」という法律をつくり、虐待防止に向けて本格的に動き始めました。
この法律では、介護する家族や親族、同居人だけでなく、養介護施設従事者による虐待も想定しています。
この法律で「虐待」と定義されているものは5つです。
1身体的虐待
暴力行為だけでなく、外部との接触を意図的、継続的に遮断する行為も含まれます。
2介護、世話の放棄、放任
介護を放棄することで、高齢者の生活環境や身体、精神の状況が悪化してしまう状況を指します。
ここではその行為が意図的なものか、結果的なものなのかは問題としていません。
3心理的虐待
言葉や威圧的な態度、無視、嫌がらせで精神的な苦痛を与える行為です。
4性の虐待
性的な行為やその強要です。
本人の合意があったかが重要となります。
5経済的虐待
本人が合意していないのに金銭や財産を利用したり、逆に利用を制限する行為です。
平成26年度の厚生労働省の調査では、虐待の種類別件数が以下のようになっています。
- 身体的虐待 66.9%
- 心理的虐待 42.1%
- 介護等放棄 22.1%
- 経済的虐待 20.9%
こうした虐待を受けているのは女性が77.4%と圧倒的に多くなっています。
年代的には80~84歳の方が多いという結果もでています。
80代という高齢の女性が虐待を受け、自ら声をあげて助けを求めるのは、かなり難しいことといえるでしょう。
本来介護スタッフは、こうした虐待を受けている人の声を聞き、保護する役割があるはずです。
その介護スタッフが、たとえごく一部とはいえ虐待する側になったという事実は極めて重く、なにがあっても改善していかなければなりません。
介護の現場ではどんな取り組みがなされているのでしょうか。
虐待防止へ。現場の取り組み
虐待防止には、以下のような取り組みが必要と考えられます。
- 1)虐待を未然に防ぐ
- 2)早期発見、早期対応を徹底する
- 3)高齢者、養護者ともに支援する
- 4)関係機関との連携
虐待を未然に防ぐ
介護スタッフによる虐待を未然に防ぐには、スタッフ側に「どんなことが虐待になるのか」への理解を深める必要があります。
前述したように虐待には5つの種類があり、具体的にどんな場面がそれらにあたるのかをスタッフ間で共有するのです。
そこで有効となるのが、職場に設置する「虐待防止委員会」のような組織です。
虐待防止委員会が中心となって、虐待についての知識を学ぶ、自分たちの言動を見直すという具体的な行動を取っていくことが、虐待防止につながっていくのです。
認知症による影響などで、ご利用者自身に「自分は虐待を受けている」という自覚があまりない場合もあります。
それは、虐待にあたるようなスタッフの言動があっても「あたりまえのこと」「日常のこと」として、虐待行為を受け入れてしまっているのです。
ご利用者にそんな生活を強いることがないように、スタッフには日ごろから「こんな言動は虐待なのだ」という具体的な例などをあげ、そうした「あたりまえ」を見直していく作業が必要なのです。
虐待はご利用者本人に自覚がなかったとしても、その方の人権を大きく侵害している事に変わりはありません。
早期発見、早期保護
虐待を発見した場合は、速やかな対応が必要となります。
まずは医療機関や、行政などへの報告を迅速に行うことが重要です。
管理者や介護者が「たいしたことではない」と軽く考え、現状の確認が遅れれば遅れるほど問題は複雑化し、解決までに多くの時間が掛かってしまいます。
高齢者、養護者ともに支援する
虐待を受けていることがわかった場合、まずはご利用者の状況を把握し、緊急な対応が必要かの判断を行います。
体力の低下などで、至急、医療機関での治療が必要な場合もあるでしょう。
精神的なダメージから、違う施設や病院に移っていただいた方が良い場合も考えられます。
ご利用者本人だけでなく、要介護者の状況も考えた対応が必要となってくるでしょう。
関係機関同士の連携の重要さ
虐待の早期発見、早期対応のためには、関係機関同士の連携がとても重要になります。
ケアマネジャーや介護スタッフはもちろん、医療、行政の横のつながりは日常的に意識しておかないと、いざというときに連携が機能しない可能性があります。
またご利用者の身近にいる民生委員や、町内会などの人達からの情報もとても重要です。
こうした声を聞き逃さず、ケアに生かしていくためにも「地域連携会議」などの組織をつくっておくことは有効です。
せっかく虐待の芽を発見しても、「誰にいえばいいのかわからない」「へたに報告したら自分の立場が悪くなるのではないか」こんな不安があっては有効な連携は望めません。
虐待の発見から、迅速な対応につなげていくにはどうしたらよいのか、その工夫が求められるでしょう。
まとめ
虐待をするスタッフは「性格に問題がある」「介護職に向いていない」など、なにか特別な存在だったかのようにみなされがちです。
しかし人間である以上、誰でも間違いを犯してしまう可能性はあるのです。
虐待防止対策は、
「特別な人がたまたま起こしてしまうもの」
という考え方ではなく、
「誰でも起こしうる可能性があるもの」といった危機感を常にもって、積極的に取り組む必要があるのではないでしょうか。
人は誰でも間違いを犯すものですが、問題の芽となるストレスや、人手不足によるジレンマなどをスタッフ全員で共有できれば、その芽が育つまえに摘むことができるでしょう。
「私は大丈夫」
そう思うことこそが、すでに虐待の始まりなのかも知れません。
参照:
平成26年度 高齢者虐待対応状況調査結果概要(厚生労働省)(2018年2月11日参照)
介護労働の現状(厚生労働省)(2018年2月11日参照)
高齢者虐待防止の基本(厚生労働省)(2018年2月11日参照)