福祉避難所の現状と課題。「福祉避難所の確保・運営ガイドライン」改正で何が変わる?
高齢者や障がい者などの「要配慮者」を受け入れる「福祉避難所」。
市区町村は指定福祉避難所の確保を目指しますが、施設側が指定を望まない場合も。
福祉避難所の現状と課題、2021年5月の運営ガイドライン改正でどう変わるかを解説します。
目次
福祉避難所の現状
福祉避難所は、1995年の阪神大震災をきっかけに制度化され、「災害対策基本法施行令」で避難所指定基準の1つとして規定されています。
市区町村が指定する「指定福祉避難所」と市区町村が「協定等により福祉避難所として確保しているもの」を指します。
避難対象者は在宅で暮らす「要配慮者」(高齢者・障害者・乳幼児・妊産婦・傷病者・内部障害者・難病患者・医療的ケアを必要とする者など)とその家族が想定されています。
全国に福祉避難所は22,078カ所あります。(2019年10月1日時点)
※福祉避難所の対象者などについてはこちらの記事もご覧ください
福祉避難所の利用方法。直接避難してはダメ?対象者・設備・持参すべき物品は?
しかしこうした高齢者や障がい者がためらいなく避難できる場所はまだまだ設置・周知されておらず、平成30年7月豪雨(西日本豪雨)では死者のうち高齢者の割合が約70%、令和2年7月豪雨では約79%だったというデータもあります。
(参考:令和元年台風第19号等を踏まえた高齢者等の避難のあり方について 最終とりまとめ)
近年の災害の激甚化・高齢世帯の増大もあり、市区町村はさらなる福祉避難所の確保を目指しますが、福祉避難所では通常の業務に加えて避難してきた要配慮者のケアにも対応するので、施設によっては運営への支障を懸念し指定を希望しない例もあります。
ただ、実際に東日本大震災で福祉避難所となった被災地の施設への聞き取り調査によると、福祉避難所に指定されていた施設以外でも、いざ災害発生時には要配慮者を受け入れざるを得なかったことが報告されています。
たとえば高齢者の通所型施設では、帰宅ができなくなった利用者をそのまま避難させていた施設などが、自治体と協議しそのまま福祉避難所になった例が多かったのです。
(参考:岩手県立大学地域政策研究センター「東日本大震災津波における福祉避難所の状況と課題についての調査研究報告書」概要版)
その結果、特に通所型施設では備蓄や人手が十分でないなかで、人材・水・食料・介護用品などの確保に奔走することとなりました。
また西日本豪雨の際も、想定外に「日頃からデイサービスなどを利用している」人たちが直接施設に避難して来るケースが多く、やむを得ず受け入れ、福祉避難所として追認された事例が起きています。
(参考:神奈川新聞「カナロコ」 【減災新聞】手探り続く福祉避難所 想定外の「直接」「越境」も)
こうした被災地の経験から、いざ災害が起こると福祉避難所としての指定や協定がなくても、平素の施設利用者や地域の要配慮者が頼ってくる可能性が大いにあるとわかります。
そこで市区町村は事前にできるだけ物資を備えた福祉避難所数を拡充し、合同訓練を実施して、万一発災した場合の施設の混乱を軽減できるよう急いでいるのです。
2021年5月「福祉避難所の確保・運営ガイドライン」改正による影響
こうした過去の災害経験を基に、2021年5月には災害対策基本法および内閣府の「福祉避難所の確保・運営ガイドライン」が改正されています。
これにより、以下の点が変更になりました。
<ガイドライン変更点>
●要配慮者が福祉避難所へ「直接避難」が可能に
従来は「まずは一般の避難所へ避難する(一次避難)」→「市区町村が移動を希望する要配慮者数を取りまとめて福祉避難所を開設し移す(二次避難)」という流れでした。
しかし新たなガイドラインでは事前に「受入れ対象者」として市区町村に特定された要配慮者は福祉避難所へ「直接避難」を可能にするよう求められています。
(受け入れる要配慮者の事前決定・調整は、地区防災計画・個別避難計画などを作成する際などに行う。)
※事前に決める受入れ対象者には、その施設の専門とする分野の要配慮者や、普段からそこを利用している人が該当すると考えられます。
事前に受け入れる要配慮者を特定すると、必要な備蓄の量や種類も決めやすくなります。
●福祉避難所と「受入れ対象者」を広く「事前公示」することに
これまでは、過去の災害で「一般の避難者が福祉避難所に殺到し、要配慮者が避難できず混乱した」ケースがあったため、積極的に福祉避難所が公表されませんでした。
しかし今後は事前に施設ごとの受入れ対象者を市区町村が決め、一般避難所と福祉避難所を分けて公示することで、一般の被災者が殺到するなどの混乱を防ぐよう周知されます。
(この公示とともに、平時から自治体や地域の町内会などと合同避難訓練をすることで、一般の避難所と福祉避難所の違いを住民に周知することも有効です。)
ただ実際には市区町村ごとに要配慮者を把握し避難対象者の受け入れを施設と調整するのは時間がかかるので、受入れ対象者の決定と公示がすむまでは従来の避難方法も残ると思われます。
しかし今後は、自治体も確実にこのガイドラインに沿った指針に切り替えていくでしょう。
なお2021年度から、社会福祉法人などの福祉施設に対し、福祉避難所に指定した場合の防災機能強化にかかる費用を自治体が補助するのに、「緊急防災・減災事業債」が活用できるようになりました。
これにより施設の防災対策を行う際の費用は、国が多くを負担し市区町村の負担は少なくなります。
(参照:内閣府「社会福祉法人等の福祉施設等の指定福祉避難所としての活用に関する協力依頼について(依頼)」)
こうした面もあり、今後さらに市区町村から施設側への福祉避難所指定などの相談が増えてくると考えられます。
過去の福祉避難所事例からみる課題と教訓
では、もしも福祉避難所となれば、どのような運営上の課題が考えられ、どのような対策を用意できるのでしょうか。
福祉避難所は災害発生日から原則7日以内で運営(必要に応じて延長)されます。
避難期間は大きく分けて以下の「5つのフェーズ」に分けて考えることができます。
このフェーズに沿って、足りないモノ・コトを市区町村と連絡し合い、調達して閉鎖まで乗り切ることになります。
フェーズ | 区分 | 福祉避難所の業務 |
---|---|---|
フェーズ1 | 開設準備期 | 被害状況の確認・市区町村への報告 |
フェーズ2 | 開設・受入期 | 開設、受入れスペースの確保・レイアウト作成、支援体制構築、要援護者受入れ、避難者名簿の作成、避難者のニーズ聞き取り |
フェーズ3 | 運営確立期 | 料・物資の要請と管理、トイレの対応、生活ごみ等の処理、食中毒・感染症対策 |
フェーズ4 | 運営安定期 | 人的支援の要請、人材の配置、避難者の健康管理、相談窓口の設置、治療や入所を要する人の移送、生活支援情報の提供、問い合わせ・取材への対応 |
フェーズ5 | 解消期 | 人的支援の要請、人材の配置、避難者の健康管理、相談窓口の設置、治療や入所を要する人の移送、生活支援情報の提供、問い合わせ・取材への対応 |
(参照:平成30年3月 兵庫県福祉避難所運営・訓練マニュアル p12 )
これを踏まえ、過去の災害から、課題と教訓やその後の災害でとられた対策を紹介します。
●福祉避難所の「食料・物資」
○課題:
東日本大震災では、食料・燃料・医薬品・介護用品・ストーブなどの確保が困難で、市町村からの供給が始まるまでは遠くまで調達に行ったり近所の住民や職員からも提供を受け、トイレ用の水は川にくみに行く状況であった。
↓
教訓:
あらかじめ食料・燃料・医薬品等の備蓄は必須、大規模災害では市町村や広域圏をこえ、県外からも人材確保が必要。
↓
対策例:
「京都市福祉避難所備蓄計画」
では、京都市が指定福祉避難所に備蓄物資を配備し、災害時の介護用品等福祉用具の提供についても、京都市が関係団体と協定を結んでいる。
●福祉避難所の「人手の確保」
○課題:
東日本大震災では、人手不足を補うため、専門職の派遣やボランティアの支援を必要とした。
↓
対策例:
熊本地震では、県社会福祉協議会内に「マッチング本部」が置かれ、被災した福祉施設に介護スタッフを派遣する体制を構築した。
(厚生労働省が都道府県から応援派遣可能情報を集め、それをもとに本部が被災施設のニーズを確認し、介護職員をマッチングして派遣)
またJMAT(日本医師会災害医療チーム)兵庫や兵庫県災害支援ナース(兵庫県看護協会)などが巡回診療や避難者の健康管理を行った(東日本大震災・熊本地震)。
●福祉避難所の「スペースの確保」
○課題:
東日本大震災では、避難スペースは施設内だけでなく市町村を中心に地域で連携して確保することが必要だという教訓を得た。
↓
対策例:
熊本地震では、避難所が過密であったため、県が旅館ホテル生活衛生同業組合と連携し、旅館・ホテルの一時利用などで過密を解消した。
(※静岡県でも災害時に宿泊施設を「福祉避難所」として指定するモデル事業あり。)
また益城町で国内で初めてトレーラーハウスを小学校などに30台設置し、福祉避難所として活用。
以上の事例は次の資料を参照しました。
過去の災害での自治体や福祉避難所の対応について図や写真付きで詳しく紹介され、課題と対策に触れていますので、実際の災害時の運営イメージを持つことにも役立ちます。
○平成30年3月兵庫県福祉避難所運営・訓練マニュアル
○東日本大震災津波における福祉避難所の状況と課題についての調査研究報告書(概要版)
福祉避難所の運営支援団体など、ノウハウを得られる場も増えている!
福祉避難所の運営は課題の多いものですが、日本では、被災時の福祉避難所運営ノウハウを蓄積し、自治体や指定福祉避難所へ訓練を行うなど支援団体もできています。
こうした団体からも、福祉避難所の運営ノウハウを得て準備することが可能です。
○公益財団法人市民防災研究所
自治体や各種団体の防災訓練や防災講習会に協力し、防災に関する調査研究も行う。
関東大震災経験者が資材を投じて設立した防災研究所。
都内の自治体などから福祉避難所開設訓練の運営業務も受託。
訓練では初動対応から備蓄のダンボールベッド・ラップ式トイレの組立なども指導。
リーダー育成も支援。
公益財団法人市民防災研究所 公式ブログ (事業活動紹介)
○一般社団法人 福祉防災コミュニティ協会
全国の福祉施設の防災・事業継続計画(BCP)研修や訓練を実施。
「福祉防災認定コーチ」など人材養成を支援。
ふるさと納税などを利用したクラウドファンディングで福祉避難所の強化を図るプロジェクト「みんな元気になる福祉避難所」を自治体向けに推進。
災害時には福祉人材を派遣し被災地を支援。
一般社団法人 福祉防災コミュニティ協会
過去の災害で蓄積されたノウハウを知り、地域と連絡体制をつくることが重要!
福祉避難所運営の「備え」は、混乱を防ぎ、その施設の利用者を守ることにもなります。
過去の災害事例から学び、市区町村とともに、受入れ対象者の決定や広域圏での人材派遣協定・自治体による備蓄配備計画などの備えを強くすすめていくことも重要です。
自治体や地域の他施設の連絡担当者で定期的に「顔を合わせて」訓練しておくと、いざという時に協力して利用者や避難者を守れる体制と職員の「心強さ」にもつながります。
福祉避難所についてはこちらの記事もご覧ください
福祉避難所の利用方法。直接避難してはダメ?対象者・設備・持参すべき物品は?
参考:
内閣府(防災担当) 福祉避難所の確保・運営ガイドライン 平成28年4月(令和3年5月改定)(2021年7月24日引用)
Bousai Tech 緊急防災・減災事業債と防災対策事業債とは?制度の概要について(2021年7月19日引用)
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執筆者
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大学の社会福祉専攻を卒業後、内科・リハビリ病棟から精神科まで担う医療法人でソーシャルワーカーを勤めました。医療相談・地域連携をはじめ、入所施設の当直シフトもこなしていました。出産後はライターに転身。我が子の療育先で「やっぱりケアの専門職はすごい!」と感嘆する日々。多くの患者様やご家族の声に向き合った経験を活かし、一般の方には分かりやすい制度や社会資源の説明を、経営者・施設職員・コメディカルの方には明日の実践のヒントとなる情報をお届けします。
保有資格:社会福祉士、精神保健福祉士