世界の認知症ケア最前線!「モンテッソーリ教育」の手法を盛り込む試みとは?
脳の障害である認知症は、患者本人の苦しみはもちろん、家族など介護を担当する者にとっても、身体的・精神的負担の大きい病気です。
日常生活すべてに影響がでるため、毎日がまるで終わりなく続くトンネルのように感じてしまうことも少なくありません。
今回の記事では、2017年7月にチェコ共和国・プラハで行われたシンポジウム「エイジング&ディメンシア シンポジウム プラーグ2017(Aging & Dementia Symposium Prague 2017)」を参考に、認知症ケアへ「モンテッソーリ教育」を取り入れるという新たな試みを探ります。
2017年7月にプラハで行われた、画期的なシンポジウムの様子
まず、プラハで行われた画期的なシンポジウムの様子をご紹介します。
●モンテッソーリ国際会議の一環として開催
2017年7月26日、チェコ共和国・プラハで第1回「エイジング&ディメンシア シンポジウム プラーグ2017」が開催されました。
このシンポジウムは同年7月27日~30日開催の第28回「モンテッソーリ国際会議/International Montessori Congress Prague」と並行して開かれたもので、教育法のひとつ「モンテッソーリ教育」を介護・認知症ケアに適用するという画期的な試みに基づいています。
介護従事者のみならず、認知症ケアに関心のある人全員を対象に開かれたこのイベントには、世界各地から390人の関係者が集まりました。
朝9時から午後6時にわたり、さまざまなプレゼンテーション(講演)が行われ、大きなにぎわいを見せたようです。
「モンテッソーリ教育」の概要・世界で評価されている理由
続いてモンテッソーリ教育の概要と、世界で高評価を受けてきた理由についてご紹介しましょう。
●モンテッソーリ教育とは?
「モンテッソーリ教育」は100年以上にもわたり世界中で実施されてきた教育法です。
1929年にマリア・モンテッソーリ博士(1870~1952)によって考案されました。
『アンネの日記』で有名なアンネ・フランクも、娘の成長に役立つという父親の判断のもと、オランダのモンテッソーリ学校へ通ったことで知られています。
0才から中学校までの幼児・児童・思春期の青少年を対象としたこの教育法の特徴は、学習において子どもの自発性を重んじる点です。
子どもには自分を育てる力「自己教育力」が備わっているとされ、子どもがもつ可能性を最大限に引き出すことを目的に、個人・グループワークによる積極参加型の授業が行われます。
モンテッソーリ学校では、授業の終わりや休み時間を告げるチャイムが鳴りません。
遠足など団体行動が必要な場合、教師はクラスがまとまって行動できるよう促しますが、生徒の上に立って誘導するのではなくサポート役に徹します。
また、モンテッソーリ教育では子どもの年齢によって行うプログラムを細分化しており、教室内のインテリアまでそれぞれの年代に合わせてアレンジされています。
これはモンテッソーリ博士が、学習環境も子どもの自発性と才能を伸ばすうえでかなりの影響を及ぼすと考えたためです。
●世界で高い評価を受けている理由
モンテッソーリ教育は、誕生以来世界的に高い評価を受けていますが、その主な理由は何なのでしょうか。
モンテッソーリ教育のなかで育った子ども達は、その自発性とオリジナリティを重視する学習環境のおかげで、その後の人生においても程良い自信と、自己に対する客観的な視点を維持できる人間になると考えられています。
同時に、ともに学ぶ仲間の長所をたたえ、互いに高め合っていく姿勢も身につきます。
この教育を受けることで、子ども達は十代初期までに学習面・生活面における自身の持つ才能・強み・弱点について正確に把握できるようになります。
それによって困難にも立ち向かえる基盤が確立でき、ユニークな独自性を保ちつつ心身のバランスがとれた人材となって、社会に出ていくことが可能になるのです。
「モンテッソーリ教育」の手法を認知症ケアへ
それでは、このモンテッソーリ・メソッドをどのようにして認知症ケアに応用するのでしょうか。
第1回「エイジング&ディメンシア シンポジウム プラーグ2017」でのライル・ワインスタイン(Lyle Weinstein)による講演を例に解説していくことにしましょう。
●ライル・ワインスタイン氏による講演:モンテッソーリ教育の手法を認知症ケアへ適用
モンテッソーリ・アルツハイマーズ・プロジェクト(Montessori Alzheimer’s Project /MAP)の創設者、ライル・ワインスタイン氏の講演では、モンテッソーリ教育のメソッドを適用し在宅での認知症・アルツハイマーケアの質を向上させ、在宅ケアの期間を延ばすことが重要だと語りました。
ワインスタイン氏は講演で、繰り返し
「日常生活のなかで、患者にcue(=合図 / 指示)そしてsafety(=安心・安全)の感覚を与え続けることが大切である」
と強調しています。
通常は複数のことを同時に話したり、さまざまな形容詞・副詞で内容を豊かにすることが求められますが、認知症・アルツハイマー患者にとってそれは混乱と恐怖感を引き起こす原因になります。
ひいては会話の内容をうまく理解できないことで、患者の自信喪失にもつながりかねません。
モンテッソーリ・メソッドでは、患者に話しかける際、理解しやすいように一度に伝えるのは、ひとつの事柄のみです(=cue(合図 / 指示)を送る)。
これによって患者は混乱が少なく済むので安心し、自分が内容を理解できているという自信を得ることができるのです(=safety(安心・安全)の感覚を与える)。
こういった地道なコミュニケーションが積み重なった結果、患者自身の心身の平穏のみならず、患者のケアに関わる介護従事者・家族など周りの人間にも平安をもたらし、認知症ケアの底上げが可能になると考えられているのです。
●具体的なアクティビティの例
モンテッソーリ・メソッドに基づいた認知症ケアで行われるアクティビティは、単に手持ち無沙汰な時間を埋めるためではありません。
心理学者のキャメロン・カンプ(Cameron Camp)博士によると、認知症・アルツハイマー患者には、家族や友人、コミュニティに貢献できるさまざまな能力が残っており、モンテッソーリ・メソッドの適用によりそれを活性化できるとされています。
カンプ博士は、下記のアクティビティを通して、患者が衣服の着用や食事など基本的な日常の動作を「学び直す」環境を与えるよう推奨しています。
- 1)パズルなど頭を使って行うゲームを複数用意し、取り組んでもらう。
- 2)清潔なタオルを入れたかごを用意し、たたんでもらう。
- 3)清潔な靴下を入れたかごを用意し、靴下の柄やサイズを合わせつつたたんでもらう。
- 4)プラスチックのパイプを複数入れた袋を渡し、パイプをつなぎ合わせるエクササイズを行ってもらう。
- 5)重度の認知症患者で人形に興味を示した場合、さらに複数の人形とその着せ替え用の服を与え、楽しみを増やす。
- 6)料理やお菓子作りに興味のある患者には、安全を確保したうえで調理のできる台所と材料を与える。
このようなアクティビティを通じ、患者の五感に働きかけ、彼らが「学ぶ喜び」を感じつつ「今現在を生きる」手助けを行っていきます。
この積み重ねにより、認知症の症状に隠れているその人自身の性格や能力を再発見し、患者のみならず介護者も、ともに「成功」と「達成感」を共有することが可能になるのです。
まとめ
【患者と社会の「架け橋」となること】
2017年夏にプラハで行われた第1回「エイジング&ディメンシア シンポジウム プラーグ2017」の様子から、モンテッソーリ教育の概要・評価、そしてモンテッソーリ教育のメソッドを認知症ケアに生かす試みについてご紹介してきました。
最後にキャメロン・カンプ博士の言葉で印象に残る一文をご紹介します。
「私たち介護者の仕事は、患者に『今』を生きてもらうことです生きさせることです。認知症のどの段階においても、彼らが能力を最大限に生かして社会に貢献できるよう、患者と社会の架け橋となることが求められます。」
“Our job is to allow this person to be present — to help them, wherever they are in the journey of dementia, to be connected with a community and contribute to the best of their ability.”
子どもの能力とポテンシャルを伸ばすように、日常生活で与える「合図・指示」を通し認知症患者に備わっている能力・可能性を見いだす。
そして彼らに「安心・安全」の感覚と、社会のなかで生きる人間としての「自信」を与える。
モンテッソーリ・メソッドの適用は、認知症ケアにおいて最も大切な「人間としての基本」に立ち返らせてくれるのです。
参考:
これがイギリス流!日本とこんなに違う介護サービス。現場が取り入れるべき介護とは
住民は認知症患者のみ・オランダの革新的な村ホグウェイ(Hogewey)から学べること
海外の介護現場をお手本に!日本の介護施設で実践したいスタッフの離職防止策
参考:
THE FIRST MONTESSORI AGING & DEMENTIA SYMPOSIUM PRAGUE 2017(2018年2月28日引用)
Caregiver’s Guide to Understanding Dementia Behaviors(2018年3月3日引用)
MONTESSORI ALZHEIMERS PROJECT(2018年3月5日引用)
lyle weinstein (Montessori Alzheimers Project)(2018年3月5日引用)
The Alzheimer’s Family Manual: 2nd Edition(2018年3月5日引用)
Montessori Northwest(2018年3月6日引用)
Why Montessori?(2018年3月6日引用)
alzheimer’s net(2018年3月11日引用)
American Psychological Association(2018年3月11日引用)
奥山きよこ さん
2018年9月1日 12:05 AM
認知症ケアの最前線として「モンテッソーリ教育」をとりあげて紹介してくださっていること、大変うれしく思っています。
私は幼児教育の分野で、この教育に関わってきましたが、このたび縁あって、昨年のプラハで催されたシンポジウムに参加してきました。
今年は、AMI友の会のご尽力でシンポジウムの講師陣の一人であるアンケリー先生を日本にお招きし、東京と岡山で後援会を催すことができました、モンテッソーリ教育の根底を流れる哲学と実践をわかりやすく動画などで紹介していただけました。岡山では、全国に先駆け、いくつかの現場で実践が行われています。
認知症の方々の中に、自信を取り戻し、自立と安心とやすらぎのある日々が送れる助けになればと願っています。