リハビリ職も知っておきたい新法「医療的ケア児支援法」の要点
出生時の治療などで、痰吸引や人工呼吸器使用などが必要になった「医療的ケア児」。
在宅ケアサービスの不足、入園入学の制約などの課題があります。
2021年6月に「医療的ケア児支援法」が成立。
そんな医療的ケア児について、新法の要点とともに解説します。
医療的ケア児とは?
医療的ケア児とは、日常的に痰の吸引や経管栄養、酸素療法、人工呼吸器の使用などが必要な子どもを指します。
厚生労働省が令和元年度障害者総合福祉推進事業として行った調査結果(2020年3月報告)によると、在宅の医療的ケア児は2019年時点で全国に約2万人いると推測されています。
(2005年は9,987人だったが、2018年には19,712人となり、13年で約2倍に増加。
大都市部は特に多く、2016年時点で東京都2,140人・大阪府1,380人などとなっている。)
周産期医療などの進歩により「出産時に助かる命」が増えていますが、新生児集中治療室(NICU)を出てからも医療的ケアが欠かせない状態で在宅にて暮らす子たちがいます。
あるいは、乳幼児期の外傷や疾病の治療により、医療的ケア児となる場合もあります。
国立成育医療研究センター総合診療部在宅診療科部長の中村知夫氏は、Organ Biology誌にて、在宅の医療的ケア児が増えた経緯を以下のように解説しています。
「もともとNICUに長期入院している患者が増加し、常にNICUが満床であるために、緊急入院が必要な妊婦や新生児の入院ができないことが契機となった(中略)NICU長期入院を早く新生児病棟から転出・退院させる動きが促進された結果、新生児病棟から人工呼吸器を装着したまま転出する児が急増し、これらの児の2/3は呼吸管理を続けながら在宅医療に移行することになった」。
そうした医療的ケア児には「重症心身障がい児」(重い身体障害や知的障害などがある子)もいますが、そうした重い身体・知的の障がいはなく医療的ケアを要する子もいます。
寝たきりのケースだけでなく、歩くことができ話もできて、医療的管理があれば通常の生活を送れるレベルの方もいるのです。
- ※例:千葉県の2018年の調査では、
- ○「重度心身障がい児(医療的ケアは不要)=278人」
- ○「重度心身障がい児(医療的ケアも必要)=343人」
- ○「医療的ケアだけが必要な児=190人」
- という結果であった
小児先端医療により命は救えても、医療的ケアが生きるために欠かせなくなるケースが今後も増えると考えられ、既存の障がい児サービスではカバーできない、在宅や教育機関での支援体制構築が急がれます。
医療的ケア児と親の抱える課題
医療的ケア児と保護者をめぐる課題には、次のようなものがあります。
●「動ける医療的ケア児」の保育・就学受入れ先の少なさ
我が国では「障がい児福祉」の歴史は長くサービスも整備されてきており、幼少期の療育施設、学校では支援学級・支援学校などの選択肢がつくられてきました。
しかし、医療的ケアを要する子が成長過程で受けられる制度やサービスは多くありません。
特に医療的ケア児の中でも「動ける」「看護師や医師による医療的管理があれば通常の学校生活を送れる」子どもたちの存在は、これまで世間であまり認識されておらず、行政や教育機関でも体制が追いついていない状況です。
「動ける医療的ケア児」の親が復職しようにも、受け入れる保育園が少なく、地域の施設や学校に通えたとしても、親の付き添いを必要とされる場合があります。
このため子が成長にあった居場所や学習機会を得られない・共働きが必要な状況であっても復職が叶わないといった課題があり、保育園や学校に医療的ケアを行う看護師などの配置が求められます。
参照動画(YouTube):ABCテレビニュース 毎年1000人増の医療的なケアが必要な子どもたち 共に生きる社会を考える
●「レスパイトケア」など預け先が少なく、保護者が休息できない
また医療的ケア児に対してレスパイトケア(介護者の休息のための一時預かり)を提供する施設も限られており、家で親が24時間365日、常に緊張しながら吸引などのケアや医療機器に異変がないか、張り付いてチェックしなければならない状況に置かれています。
厚生労働省が実施した生活実態調査(2020年3月報告)では、以下の回答となっています。
(ここでの「回答者=主にケアを行っている人」は母親が94.0%、父親が5.3%)
主にケアを行っている人への質問 | 回答 |
---|---|
主にケアを行っている人以外に、ケアを依頼できる人の有無は? | →約37%が「いない」 |
主にケアを行っている人以外に、家事を依頼できる人の有無は? | →約49%が「いない」 |
医療的ケア児から5分以上目を離せるか? | →約40%が「できない」 |
もっと利用したいサービスは? | →短期入所(約45%)、緊急一時預かり支援(約69%)、訪問レスパイト(約45%) |
(※以上、調査結果の一部を抜粋)
このようにトイレにも行けない・寝不足と緊張状態が終わりなく続く生活というのは、家族が疲弊し、夫婦の離婚や別居を招くケースもあります。
預かり先が増えることで、家族がより笑顔で子と向き合えるという面もあるので、医療的ケア児のレスパイトに対応する事業所の拡大が望まれます。
参照:明日のために、元気に休む。医療的ケアが必要な子どもとその家族に、一時の休息を~NPO法人親子はねやすめ
「医療的ケア児支援法」(2021年6月成立)の要点
こうした背景をうけ、2021年6月11日に参院本会議にて全会一致で可決・成立したのが「医療的ケア児支援法」(医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律)です。
【官報】医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律
同年9月18日より施行となるこの新法の要点は以下のとおりです。
●医療的ケア児への支援が国や自治体の「責務」として明文化された
○医療的ケア児がいる保育所・学校等への支援
○支援を行う人材の確保 など
●保育所や学校の設置者の「責務」が明文化された
○看護師や喀痰吸引が可能な保育士の保育所への配置
○学校への看護師等の配置
○医療的ケア児がその他児童と教育を受けられるような最大限の配慮 など
●医療的ケア児支援センターの設置
○全国どの地域でも格差なく制度や相談を受けられる支援
○これまで病院や事業所などバラバラだった窓口を一本化し「たらいまわし」を防ぐ
○福祉や教育現場など関係機関への情報提供、研修を行う
○18歳以降も適切な医療福祉サービスを「切れ目なく」受けられるよう支援する など
法施行後のリハビリ職への影響
医療的ケア児の成長にとって、リハビリ職も病院での治療中だけでなく在宅生活を支える重要なポジションにあたります。
- 期待される役割として、
- ○療育施設での訓練
- ○医療的ケア児を受け入れる児童発達支援施設で家庭でもできる機能訓練や環境調整の方法を保護者に紹介する
- ○子どもがより外出しやすいような工夫を一緒に考える
- といった支援があります。
医療的ケア児をめぐる医療福祉サービスは、高齢者の在宅ケア事情にくらべるとまだまだ整備されておらず、今後の発展に期待される状況です。
すでに現在でも、自宅へ訪問看護師とともにリハビリスタッフを派遣する事業を展開している医療機関や事業所もあり、法施行後はこうした分野へのニーズも増えると考えられます。
当事者である子どもの立場に立った支援はもちろん、保護者の目線でも理解や共感をしながらかかわることが、医療的ケア児の成長する環境をより良くしていくことに貢献します。
参照動画(YouTube):フクシのみらいデザイン研究所( vol45)【医療的ケア】障害児の地域生活を支える/理学療法士の専門性/JIN KIDS sakurai/加藤翼さん/多機能型事業所/愛知県安城市
医療的ケア児支援法で活躍の場も増えるが、専門職の認識が問われる!
医療的ケア児支援法が施行されることで、当事者親子の利用できる制度やサービスが増え、医療職やリハビリ職の活躍の場も広がることでしょう。
かかわる際には、医療的ケア児への対応方法はもちろん、保護者の置かれている現状についての理解も重要になります。
今後の医療の進歩に比例し、医療的ケア児はさらに増加すると推測されますので、医療福祉チーム全体で研鑽に努めて参りたいところです。
参考:
厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部障害福祉課 障害児・発達障害者支援室 「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」について(令和3年6月21日 社会保障審議会障害者部会 資料)(2021年8月16日引用)
厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部障害福祉課 障害児・発達障害者支援室 医療的ケア児等の支援に係る施策の動向(令和2年1月15日 第17回医療計画の見直し等に関する検討会 資料)(2021年8月16日引用)
中村知夫: 医療的ケア児に対する小児在宅医療の現状と将来像. Organ Biology 27 巻1号: 21-30, 2020.(2021年8月23日引用)
厚生労働省 令和元年度障害者総合福祉推進事業 医療的ケア児者とその家族の生活実態調査報告書 2020年3月 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2021年8月16日引用)
Wings 医療的ケア児などのがんばる子どもと家族を支える会 医療的ケア児をご存知ですか?(2021年8月16日引用)
医療法人財団はるたか会 あおぞら診療所墨田(2021年8月16日引用)
医療的ケアシッターナンシー 障害児に欠かせないリハビリ 理学療法士の派遣スタート!(2021年8月16日引用)
訪問看護リハビリテーション七つの海 医療的ケア児の訪問看護・ハビリテーション(2021年8月16日引用)
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執筆者
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大学の社会福祉専攻を卒業後、内科・リハビリ病棟から精神科まで担う医療法人でソーシャルワーカーを勤めました。医療相談・地域連携をはじめ、入所施設の当直シフトもこなしていました。出産後はライターに転身。我が子の療育先で「やっぱりケアの専門職はすごい!」と感嘆する日々。多くの患者様やご家族の声に向き合った経験を活かし、一般の方には分かりやすい制度や社会資源の説明を、経営者・施設職員・コメディカルの方には明日の実践のヒントとなる情報をお届けします。
保有資格:社会福祉士、精神保健福祉士