リハビリ中の急変を防ぐシリーズ⑤「大腿骨近位部骨折」
過去4回にわたってお伝えしてきた急変を防ぐシリーズですが、本記事がラストになります。
大腿骨近位部骨折患者さんのリハビリを担当する機会は多いと思いますが、「整形疾患は大丈夫」と思い込んでいると、思わぬ事故に遭遇するかもしれません。
急性期における整形外科リハビリの現状や今後の課題、リハビリ専門職がとるべき対策についてご紹介します。
大腿骨近位部骨折のリハビリ、これまでとこれから
まずは大腿骨近位部骨折のリハビリについて、その位置付けやリハビリ内容を考えてみましょう。
●これまでは「リハビリの王道」的位置付けだった
大腿骨近位部骨折(頸部骨折+転子部骨折)といえば、誰もが一度は担当したことのある疾患ではないでしょうか。
骨折などの整形外科疾患については、病態やリハビリ内容について学生時代に学ぶことが多いので、プロになって初めて担当した疾患という方もいるでしょう。
また施設によっては、「新人は整形外科疾患を中心に」という方針もあるかもしれないので、新人が担当することも多いかもしれません。
リハビリ内容としては、関節可動域訓練、筋力トレーニング、歩行練習、ADL練習とプログラムが定着しており、いわばリハビリの王道的位置付けになっています。
これらの治療プログラムは、座学や臨床実習を通して学ぶ機会も多いので、試行錯誤しながらでもなんとかリハビリを進めることができるでしょう。
筆者も例外なく、「大切なのは運動学」と盲目的に勉強したり研修に参加したりしていたことを思い出します。
●これからは全身状態の把握や安全管理が必須
大腿骨近位部骨折は、リハビリプログラムやゴール設定がある程度決まっているためリハビリの王道でしたが、時代の流れとともにその位置付けは変化してきました。
家族構成の変化や後期高齢者の増加など理由はさまざまですが、その変化を端的にいえば、評価しなければいけない範囲が広がったということです。
これまでは、疼痛や関節可動域、筋力や歩行能力などを評価し、リハビリプログラムやゴール設定を行うのが一般的な流れでした。
また、転倒や人工関節の脱臼などがリハビリ時のリスクとして挙げられ、多くのセラピストがヒヤヒヤしながらリハビリを担当したと思います。
しかし、いまや後期高齢者は多くの疾患をかかえており(併存症)、そのなかには呼吸器や循環器系の疾患も多く含まれています。
そのため、「どれだけ歩けるか?」という評価の前に、「運動しても大丈夫か?」という評価が必要になることもあります。
後述しますが、「整形外科医がリハビリ指示を出しているんだから大丈夫」という考え方は通用しないのが現状です。
関節可動域や歩行能力に加えて、患者さんの全身状態の管理、運動時におけるリスクを把握しておくことが必須です。
大腿骨近位部骨折の安全管理は併存症の把握がカギ
前述したように、大腿骨近位部骨折患者さんは多くの疾患をかかえていますが、リハビリ専門職だけではなく医師の立場からも解決するべき課題があります。
●整形外科医師の立場から考える併存症
リハビリ専門職やほかのメディカルスタッフからすると、「主治医は患者さんのすべてを把握している」と考えがちではないでしょうか。
たしかに、整形外科医は手術を行う際に、既往歴の有無や内服薬の有無などを把握して安全な治療ができるよう細心の注意を払っています。
ただ、医師も人間であるため、周術期から退院までの期間、患者さんの全身状態をすみずみまで把握できるわけではありません。
特に急性期病院の整形外科医においては、救急搬送からの緊急手術も多く、常に病棟と手術室を往復している方も多いでしょう。
整形外科医としても、「手術が続いていてすべての患者さんを把握しきれない」という問題に悩まされるのが現実です。
井上によると、整形外科の入院患者において、内科疾患の併存症は入院時死亡率と関係していると報告しています。
また、手術に追われる整形外科医のサポートとして、内科医が担当医として併診し、患者さんの全身管理を行うことが有効であるとも報告しています。
「主治医だから」と、患者さんのすべてを1人の医師に頼りきることは難しいといえるでしょう。
●リハビリ専門職の立場から考える併存症
整形患者さんを担当していて、血圧低下や呼吸苦など内科的な問題点に悩まされることもあるでしょう。
また、「対象患者さんが高齢化している」、「既往歴が多い」という印象をうける方も多いと思います。
筆者の施設で上記問題について調査した際、患者さんの平均年齢は84歳、約半数の方が循環器や呼吸器の併存症をかかえている結果になりました。
また、併存症がある患者さんではリハビリ中のトラブル(血圧低下や呼吸苦など)の発生がが有意に高いという結果もでました。
これらの結果をうけて、「整形外科患者さんでも内科疾患の把握が必要だ」、「早い段階から循環器の評価を身につける必要がある」という課題がでてきました。
つまり、整形外科疾患であっても、安全なリハビリを提供するためには全身状態の管理が必須であり、急変の可能性もあるということを念頭におかなければなりません。
これまでの大腿骨近位部骨折=運動器のリハビリという固定観念にとらわれていては、質の高いリハビリが提供できないかもしれません。
今後リハビリ専門職がとるべき対策とは?
運動機能を改善するためのトレーニング、しかしその前段階として全身状態の管理が必要になってきます。
われわれリハビリ専門職が今後とるべき対策について考えてみたいと思います。
●「新人は整形担当」はNG!まずは呼吸と循環の評価を学ぼう
冒頭にも述べましたが、「大腿骨近位部骨折はメジャーだから新人が担当する」という考え方は危険です。
担当させる場合、その患者さんがどんな併存症をかかえているか、新人が担当して大丈夫かなどを評価することが必要になります。
しかし、担当を振り分ける際に併存症の有無や治療状況の詳細などをチェックすることは時間効率的にも難しいでしょう。
そのため、担当した後の初期評価や進捗状況について、指導者とディスカッションする機会を設けることも有用です。
また、新人プログラムのなかに、呼吸や循環機能の評価(聴診や血液データの見方など)を組み込んでおくことも重要です。
患者さんの高齢化や併存症の増加によって、「◯◯な疾患は◯年目以降」は通用しなくなっていることを念頭におくことが大切です。
●運動時のリスクや必要な対策について他職種と情報共有
リハビリ科での新人教育が進んでくれば、次のステップは外部との連携(情報共有)になります。
ただ、「◯◯さん呼吸苦があります」という報告では、「チェックしておきますね」という会話だけで終わるかもしれません。
相談の際には、「◯◯さん、呼吸苦が強いけどもう少し水分量が減ったほうがいいのかな?」など、相談内容には評価と対策が含まれていることが望ましいです。
機会としては、整形外科病棟でのカンファレンスで検討するのもよし、病棟に主治医がいるときに相談してみるのでもいいでしょう。
ただ、人によっては「医師や看護師に言うのは気がひける」、「余計なことを言うと怒られるんじゃないかな」と弱気になるかもしれません。
しかし、運動時の変化に関してはリハビリ専門職が一番把握しているため、ほかの職種では気づけないことに関しては有用な情報になります。
前述したように、整形外科医は多忙で内科疾患を管理する余裕がないかもしれないので、リハビリ専門職がサポートできると理想的でしょう。
リハビリ時の急変を防ぐこと、それは専門職の役割
今や整形外科疾患でも併存症をかかえている患者さんが多く、ひと昔前のように関節角度や筋力を評価すればよいという時代は終わりました。
リスク管理=血圧や心拍の計測ではなく、患者さんのかかえている併存症の理解や治療状況の把握など、収集すべき情報は非常に多いです。
しかし、安全なリハビリを提供すること、運動時に想定されるリスクを把握することは、われわれリハビリ専門職の役割です。
今後も進む超高齢社会に対応するためにも、部門の教育プログラムや病棟カンファレンスの在り方などを、一度見直してみてはいかがでしょうか。
参考:
井上三四郎: 急性期病院整形外科における在院死亡に影響を与える因子の検討. 整形外科と災害外科68: 310-313, 2019.
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執筆者
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皆さん、こんにちは。理学療法士の奥村と申します。
急性期病院での経験(心臓リハビリテーション ICU専従セラピスト リハビリ・介護スタッフを対象とした研修会の主催等)を生かし、医療と介護の両方の視点から、わかりやすい記事をお届けできるように心がけています。
高齢者問題について、一人ひとりが当事者意識を持って考えられる世の中になればいいなと思っています。
保有資格:認定理学療法士(循環) 心臓リハビリテーション指導士 3学会合同呼吸療法認定士