知って納得、心不全患者さんのリハビリで有酸素運動が効果的な理由とは?
心臓リハビリといえば、エルゴメーターやトレッドミルなど機器を用いた運動療法がイメージされます。
一見すると、単に有酸素運動をしているだけですが、リハビリ担当者は患者さんの変化をしっかり評価しておくことが大切です。
なぜ心不全患者さんに有酸素運動が有効なのか、どのような変化を期待しているのかについて解説します。
酸素摂取量?運動耐容能?心臓リハビリの効果とは
運動能力の指標として、酸素摂取量、運動耐容能、体力などいろいろなワードがあるため混乱する方もいるでしょう。
心臓リハビリは心不全患者さんに対してどのような効果があるのかについて解説します。
●運動耐容能とは、どのくらい運動を行えるかを客観的に表したもの
心臓リハビリの分野では、対象者の体力は運動耐容能として考えることが主流であり、そのなかで客観的な指標として表すことができる項目に酸素摂取量があります。
酸素摂取量は心肺運動負荷試験(CPX)によって求めることができ、高いほど体力があるということになります。
酸素摂取量とは、肺に取り込んだ(吸った)酸素量という意味ではなく、骨格筋などでエネルギー産生のために取り込まれた酸素量という意味になります。
そのため、肺から骨格筋までの酸素運搬過程全体の機能を指し、心拍出量×動静脈酸素較差という式で表すことができます。
要するに、運動耐容能は心臓のポンプ機能と骨格筋の酸素取り込み能力で決まるということです。
しかし、高齢の心不全患者さんや運動器疾患をかかえている患者さんの場合、CPXができないことがあります。
その場合は、6分間歩行やTUGテストなどの歩行能力を評価し、その結果を運動耐容能として評価することもあります。
運動耐容能=最高酸素摂取量ではなく、どのくらい運動ができるのかという意味で理解しておくとよいでしょう。
●心臓リハビリが運動耐容能を改善する理由
運動耐容能とは、どのくらい運動ができるかを客観的に表したものであり、その患者さんによって評価方法は異なります。
酸素摂取量は心拍出量と動静脈酸素較差で決定され、6分間歩行は最大歩行距離で評価されます。
筋力トレーニングやエルゴメーターなどで下肢筋力がアップすれば、骨格筋の代謝や歩行距離の改善につながります。
また薬物療法によって心機能が改善すると酸素運搬能力の改善につながり、適切な栄養摂取は骨格筋の改善につながります。
心臓リハビリとは多職種からなる包括的なアプローチであり、そのどれもが運動耐容能の改善に寄与すると考えてよいでしょう。
有酸素運動で体力がアップ、その理由は細胞内の変化だった
心不全患者さんのリハビリでは、筋力トレーニングと有酸素運動を取り入れることが効果的ですが、なにがどう改善しているのかわかりにくいのではないでしょうか。
有酸素運動が運動耐容能を改善する理由について解説します。
●有酸素運動では細胞内のミトコンドリア機能が改善する
有酸素運動で持久力が改善することは広く知られていますが、具体的にどのような変化が起こっているのかはあまり知られていません。
酸素の運搬過程を考えた場合、肺での取り込みや心臓のポンプ機能、骨格筋での酸素受け渡しがスムーズに行われることが大切です。
末梢での酸素受け渡しは動静脈酸素較差と呼ばれ、末梢の組織でどれだけ酸素を取り込んでいるかを意味します。
有酸素運動では、細胞内において酸素を利用したTCAサイクルでのATP産生が行われますが、このとき重要になるのがミトコンドリアの代謝能力になります。
Yuhoらによると、高齢者を対象にした有酸素トレーニングで、ミトコンドリアの体積が増大し、ミトコンドリア数も上昇したと報告されています。
有酸素運動によってミトコンドリア内のエネルギー産生能力が改善することで、より運動を継続しやすくなると考えられます。
つまり、心不全患者さんでは内科的な治療によって肺での酸素取り込みや心臓のポンプ機能が改善するだけでなく、運動療法による骨格筋での代謝改善が重要になります。
●筋力トレーニングが優先される場合もある
有酸素運動によって骨格筋代謝が改善することで運動耐容能は向上しますが、極端に筋力が低下(筋肉量の低下)している患者さんでは注意が必要です。
エルゴメーターやトレッドミルの負荷に対して運動できる筋力がない場合、骨格筋は必要以上の努力を要するため、無酸素性の代謝が優位になります。
つまり、有酸素運動を目的に行っているのにもかかわらず、実は無酸素運動になっている可能性があるということです。
歩行障害や廃用性の筋力低下がある患者さんでは、まずはある程度の負荷に耐えられる筋力をつけた後、低負荷での有酸素運動を導入することが望ましいです。
心不全患者さんの運動療法では、筋力トレーニングと有酸素運動どちらも大切であり、患者さんの運動機能をしっかり評価した上でプログラムを考える必要があります。
有酸素運動を行う際の注意点は?
心不全患者さんが有酸素運動を行う際、いくつか注意しておくべきポイントがあります。
●「昨日と一緒の負荷で」と安易に考えてはいけない
呼吸状態や循環動態が安定した患者さんが、リハビリ室でエルゴメーターやトレッドミルでの有酸素運動をするとしましょう。
担当セラピストは、心拍数や血圧の変化などを評価し、Borgスケールなど自覚症状の評価もしっかりと行っています。
しかし、「昨日は20Wの負荷で問題なかったから今日も大丈夫だろう」と考えると、思わぬ失敗につながることがあります。
心不全治療においては、尿量を増やす利尿剤やβ-blockerと呼ばれる心拍抑制作用のある薬を内服していることが多いです。
血圧や心拍の値が一定であるとは限らないため、その日の状態によって負荷量の設定を行う必要があります。
そのためには、内服薬や点滴の量が変わっていないか、尿量がどれくらいか、下腿浮腫は改善しているかなど、日々の情報収集が重要になります。
●運動中は数値だけでなく目と耳を使って負荷量を評価しよう
前述したように、事前の情報収集や患者さんの体調を評価することが重要ですが、具体的には以下のポイントを押さえておくことが大切です。
◯運動しながらスムーズに会話ができるか
安全に運動を行うには、嫌気性代謝閾値(AT)以下の強度で行うことが望ましいですが、CPXが実施できないとATを求めることができません。
ただ、ATの強度を超えてくると換気が亢進してくるため、患者さんの呼吸状態をみているとある程度推測できます。
1文レベルの会話でも息継ぎをしているようであれば、負荷量が強いと判断して強度を見直すとよいでしょう。
◯ペダルの回転数が落ちていないか
患者さんにとって低〜中等度の負荷であれば、パフォーマンスを落とさずに運動を継続することができます。
時間経過とともにペダルの回転数が落ちるようであれば、過負荷と判断して強度を見直しましょう。
◯血圧や心拍数が大きく上昇していないか
ATを超えるような運動強度では、換気亢進に加えて血圧や心拍の上昇が顕著になります。
時間が経つにつれて徐々に血圧や心拍数が上がってくるようであれば強度を見直すとよいでしょう。
◯患者さんの表情に余裕があるか
運動中、「大丈夫です」と言っててもその表情に余裕がない(表情が険しい、発汗が多いなど)のであれば、強度を落として様子をみるとよいでしょう。
まずは安全な有酸素運動を心がけよう
有酸素運動は、骨格筋の代謝改善による運動耐容能向上だけでなく、交感神経の過活動を抑えたり、全身の血流を改善したりと、心不全患者さんに対しても効果的です。
ただし、負荷量が低すぎては効果が乏しく、逆に過負荷であれば事故につながるリスクがあるため、負荷設定は慎重に行う必要があります。
また、患者さんのその日の状態によって相対的に負荷量は変わってくるため、点滴や内服薬の量をはじめ、脱水や貧血、低栄養がないかを評価しておくことも重要です。
参考:
Elizabeth V Menshikova, Vladimir B Ritov et al.: Effects of Exercise on Mitochondrial Content and Function in Aging Human Skeletal Muscle. J Gerontol A Biol Sci Med Sci61: 534-540, 2006.
Yuho Kim, Matthew Triolo et al.: Impact of Aging and Exercise on Mitochondrial Quality Control in Skeletal Muscle. Oxidative Medicine and Cellular Longevity,vol .2017.
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執筆者
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皆さん、こんにちは。理学療法士の奥村と申します。
急性期病院での経験(心臓リハビリテーション ICU専従セラピスト リハビリ・介護スタッフを対象とした研修会の主催等)を生かし、医療と介護の両方の視点から、わかりやすい記事をお届けできるように心がけています。
高齢者問題について、一人ひとりが当事者意識を持って考えられる世の中になればいいなと思っています。
保有資格:認定理学療法士(循環) 心臓リハビリテーション指導士 3学会合同呼吸療法認定士