前十字靭帯(ACL)損傷の治療を行うために!筆者が意識しているリハビリテーションのポイント
前十字靭帯(以下、ACL)損傷はスポーツ外傷のなかでもよく経験する外傷の一つです。
いわゆるニーイン・トゥーアウト(knee-in toe-out)といわれるアライメントで発生し、素早い方向転換など膝に回旋の力が加わったときに受傷すると考えられています。
今回は、ACL損傷のリハビリに携わるにあたり、筆者が普段から意識しているポイントを述べていきます。
目次
患者さんを担当するまえに!まずは理解しておきたいACLのキホン
ACLは関節を安定させ、前方への脱臼予防や過伸展(伸びすぎ)の制御をするなどの働きがあります。
ACLを損傷すると関節が不安定になり、多くのストレスが加わるため手術が必要になることもあります。
ただし、腫れが引いていること、膝の曲げ伸ばしができることなどの条件があるため、ほとんどの場合で受傷直後は施術できません。
ACL損傷の手術方法は二種類あり、それぞれに特徴があります。
以下では、ACLの基本的な知識と手術方法についてご紹介します。
●ACLを損傷するとどうなるの?放置した場合のデメリットは?
一般的に、ACLを損傷すると自然治癒はしないとされています。
ACLが損傷したら前方不安定性、膝崩れ(giving way=動作時に膝がカクッとなる状態のこと)などの症状が出現しますが、このほかにもデメリットはあります。
1)スクリューホームムーブメント (終末強制回旋運動)の破綻
スクリューホームムーブメントとは、「膝関節の伸展時に脛骨(けいこつ)が外旋する運動」を指し、靭帯と大腿骨顆部の形状が関与しています。
ACLはスクリューホームムーブメントを誘導している靭帯であるため、ACL不全の状態では最終伸展での外旋が誘導されません。
つまり、ACLを損傷すると、膝関節伸展時に脛骨が前方偏位・内旋位になりやすくなるということになります。
その結果、膝の内側でインピンジメントを引き起こし、内側半月板、内側の軟骨の損傷の要因となる可能性が高くなります。
2)膝崩れ(giving way)の繰り返しで半月板、軟骨の損傷が増加!
関節が不安定なまま放置して膝崩れが頻繁に起こるようになると、徐々に半月板や軟骨が損傷してきます。
筆者が担当した30代の女性の方は、15年ほどまえに違う病院でACL再建術を受けていましたが、術後も膝の不安定性が残ってる状態でした。
不安定性が残存してるにもかかわらず、社会人でスポーツを続けていたところ再受傷して当院を受診したのですが、関節症性変化はかなりすすんでおり軟骨がほとんどない状態で、本当にこれが30代の膝なのかと驚いた記憶があります。
関節が不安定なまま放置するのは、非常に危険であるという認識を持つ必要があるのです。
●手術はBTBとSTが主流!手術の特徴を理解しておくのは常識!
ACL再建術はいろいろな方法があるため、術後のリハビリを行うにはどのような手術があるのかを理解しておくことが必要不可欠です。
最近では次の2つの手術が比較的多く実施されています。
- ●BTB法:骨つき膝蓋腱(しつがいけん)を使用した手術
- ●ST・STG法:半腱様筋(はんけんようきん)・薄筋腱(はっきんけん)を使用した手術
以下は、それぞれの手術の特徴を表にしたものです。
BTB法 | ST(STG)法 | |
---|---|---|
強度 | 2900±260N | 1216±50N(ST)838N(G) |
特徴 | ●膝伸展筋力低下が起こりやすい ●膝前面痛を訴える場合が多い ●床に膝をついたときの疼痛 ●膝関節可動域制限が残存しやすい |
●膝関節深屈曲位の筋力低下 ●薄筋を採取するとより顕著に筋力低下が起こる ●つりやすい ●膝屈曲時の疼痛 |
どちらの手術でも短期、中期成績に有意差はないとの報告が多いですが、ST法の場合は再建靭帯と骨孔部分でのゆるみが生じやすいというケースがBTB法とくらべて多くなります。
●受傷直後は手術できない!手術までに関節可動域、筋力をできるだけ戻しておこう!
術前の理学療法は炎症症状の早期沈静化を目的にRICE処置(応急処置:Rest安静 Icing冷却 Compression圧迫 Elevation挙上)を行い、関節可動域の獲得と負担のかからない範囲での筋力強化を図ります。
一般的にACL再建術は亜急性期〜回復期に行われたほうが大腿四頭筋(だいたいしとうきん)の筋力の回復が早く、膝蓋大腿関節痛(※1)や関節線維症(※2)も少ないため受傷後3~5週後がいいといわれています。
※1 膝蓋大腿関節痛 膝のお皿の部分と太ももの骨で構成される関節に炎症が起き、痛みが発生する疾患
※2 関節線維症 関節に慢性的な疼痛、激しい痛みやこわばりを伴う疾患
再建靭帯の保護が重要!急性期のリハビリテーション
急性期のリハビリテーションは再建靭帯の保護が重要になってきます。
この時期に無理なリハビリをしてしまうと、再建靭帯にゆるみが生じたり再断裂を起こすこともあります。
●再建靭帯の治癒過程を理解してすすめよう!
再建靭帯は血行が乏しいため一度壊死に至り、その後強度が徐々に高まってきます。
再建靭帯が一番弱い時期は術後6~8週といわれており、9週以降になると、再建靭帯と骨接合部の強度は増し、再建靭帯そのものの強度も上がってきます。
しかし、一年たっても靭帯実質部には壊死している部分が残っている場合があり、靭帯や再建靭帯と骨接合部での固着を阻害しないよう、極力無理なストレスを与えずにすすめることが重要です。
ACLは膝関節の伸展と内旋、過屈曲によってストレスが加わるため注意が必要です。
●関節は動かせなくても癒着防止はできる!
病院によっては、急性期の関節可動域訓練(ROMex)はあまり行わない場合もあるので、そういうときは周囲の組織との癒着を防ぐことが重要になってきます。
筆者が意識しているポイントは膝蓋上嚢(しつがいじょうほう)、膝蓋下脂肪体(しつがいかしぼうたい)と股関節の可動性です。
1)膝蓋上嚢
膝蓋上嚢に指をあてて、軽く圧迫しながら広げるように(円を描くような感じで)手を動かしていきます。
同じ部位を手のひら全体を使ってしっかりとつかみ、大腿骨から引き離すように動かすようにしても癒着の予防になります。
2)膝蓋下脂肪体
両手の親指と人さし指で脂肪体をつまみ、上下左右に動かして動きにくい方向を探します。
動きにくい方向には軽く圧迫を行って可動性の改善を図ります。
3)股関節
股関節の可動域制限があると、荷重トレーニングを開始したときにACLへのストレスが大きくなってしまいます。
大殿筋(だいでんきん)、中殿筋(ちゅうでんきん)、大腿筋膜張筋(だいたいきんまくちょうきん)、大内転筋(だいないてんきん)など、これらの制限に関わる筋肉の柔軟性の改善は早めに行っておきましょう。
●筋力トレーニングは剪断力が加わらない角度と摂取部位の負担にならない方法で!
大腿四頭筋の筋力トレーニングは重要ですが、普通のレッグエクステンションでは、平行に滑る剪断力(せんだんりょく)が加わりやすいです。
剪断力が加わらない屈曲70°の範囲にとどめ、それよりも伸展しないようにしましょう。
セラバンドでトレーニングを行うときは、等尺性収縮で行うぐらいの要領でいいかと思います。
次にハムストリングスの筋力強化ですが、筋肉は次のように分類されます。
- ●半膜様筋と大腿二頭筋:羽状筋(うじょうきん)
- ●半腱様筋(はんまくようきん):紡錘状筋(ぼうすいじょうきん)
こうした違いがあることから、深屈曲位では半腱様筋が優位に働きます。
ST(STG)法の場合、早期から腱の採取部位に負担をかけすぎると再生を阻害してしまう可能性があり、半腱様筋の単独収縮が起こらないような肢位(足の位置)で行うことが望ましいです。
筆者は早期には座位でのレッグカールから開始し、腹臥位でのレッグカールは少し遅らせて行うようにしています。
腱の採取部位の再生は術後3カ月までに急激ににすすむといわれているため、3カ月間は高負荷、深屈曲位のハムストリングスのトレーニングはおすすめしません。
筋力・ROM(関節可動域)だけでは不十分!回復期のリハビリで獲得したい機能とは?
急性期では靭帯を保護しながらのトレーニングがメインでしたが、回復期になると少しずつ負荷を上げて筋力トレーニングを行います。
またマルアライメント(ゆがみ)を防止してACLに負担のかかりにくい動作を獲得することも重要なアプローチになってきます。
●CKCでACLへの負担のかからない筋力トレーニング!
ACL損傷での筋力トレーニングはCKC(足が床に接地した状態で行う運動)の方法が主になってきます。
その理由は、
- ○脛骨の前方移動量が少なくACLへの負担は少ない
- ○伸筋、屈筋の同時収縮が促せる
- ○実際の動作につなげやすい
というメリットがあるからです。
筋力増強という点ではOKC(手足の末端が自由な状態で行う運動)のほうが効果は高いのですが、あくまでもリハビリの目的はACLに負担のかかりにくい動作の獲得です。
実際の動作やACLへの負担を考えると、スクワットやランジなどのCKCで行うほうがメリットが大きいと筆者は考えています。
●下肢筋力だけではダメ!損傷予防にアライメントのコントロールは重要!
ACL損傷の非接触型の受傷機転(損傷したきっかけ)に関しては「膝の外反」、「膝の回旋」、「後方重心」というマルアライメントの影響が大きいとわかっています。
これらのマルアライメントが発生する要因は体幹・股関節の機能が大きく関係しています。
筆者が特に意識してトレーニングをする部分は中殿筋と腸腰筋(ちょうようきん)です。
中殿筋不全は片脚立位時の骨盤の傾斜を引き起こし、腸腰筋の機能不全は着地時に股関節の過度の内転を誘引します。
●関節水腫は極力避ける!復帰の遅れにつながることも…
ある程度競技復帰に向けてのトレーニングが行えるようになった段階の方で、膝に水がたまる関節水腫や浮腫を発症する場合があります。
これらの腫脹(しゅちょう)は可動域の制限や膝蓋骨の可動性を阻害する要因であり、関節水腫が筋回復の遅延につながると考えられています。
櫻井ら(2011)は関節水腫を発症した方を縦断的に観察したところ、競技復帰が遅延する傾向が見られたと報告しており、関節水腫はリハビリの進行に影響を与えると考えられます。
そのため、メニューを次のステップにすすめる場合は低負荷な状態で慣らしながら行う必要があります。
この点を意識するようになってからは、水腫がたまることは少なくなった印象があります。
ACLのリハビリでは、上記のようなポイントを意識しながら実施してみてください。筋力の強化だけでなく、アライメントを整え、関節水腫を避けることを念頭に置きながらトレーニングを提供することがおすすめです。
まとめ
ACL損傷のリハビリでは、膝のバイオメカニクスや治癒過程を考慮した筋力トレーニングと、股関節や体幹機能の改善を行いマルアライメントを予防することが重要です。
そして、ACL術後のスポーツ復帰は早くても半年、長めに設定している施設では1年以上になる場合もあり、精神的な面も配慮しながらモチベーションが維持できるように働きかけることも必要でしょう。
参考:
吉矢 晋一: 各種靭帯再建材料特性と採取の影響. 臨床スポーツ医学29(5):487-492, 2012.
櫻井敬晋, 福林 徹, 他:前十字靭帯再建術後の筋力回復とスポーツ復帰. 臨床スポーツ医学28(1):55-61, 2011.
林典雄: 整形外科運動療法ナビゲーション 下肢・体幹 第1版.メジカルビュー社,東京, 2009, pp120-127.