リハビリテーションにAIは応用されるのか 現状や展望を解説
医療の世界では、人工知能(AI)が応用されはじめています。
リハビリ業界では、まだAIの導入を身近に感じる機会は少ないですが、国内外で注目を集めているテーマのひとつです。
すでに開発や実証実験が進んでいる例もあるため、現状と展望を解説していきます。
目次
現状を確認!リハビリ業界においてAIの導入は進んでいるか
国内外のリハビリ領域で、AIを活用したアプローチは導入が進んでいるのでしょうか。
まずは現状について、いくつかの例とともにお伝えしていきます。
1.歩行訓練で最適な支持を加えるAIロボット
理学療法士や作業療法士が患者さんの歩行訓練を行うときは、主に患者さんの姿勢や歩容の観察結果を手がかりに、支持の量を決定します。
スイスとオランダの研究者が取り組んだプロジェクトでは、脳卒中または脊髄損傷の患者さんを対象として、ロボットとAIを活用した歩行訓練支援ツールを開発しています。
この研究で開発された機器では、患者さんの運動学的なデータから、上方・前方にどれくらいの支持が必要か予測するアルゴリズムを実装しています。
AIロボットが適切な支持を行いますが、歩行スピードに関しては本人または理学療法士が選択します。
現状の歩行訓練では、セラピストの経験や感覚から判断される部分も大きいですが、AIを活用する試みが始まっています。
2.上肢機能の自主トレを支援するAIプログラム
リハビリに携わる多くの方は、「実際に患者さんと関わる時間は限られている」ということを認識しているでしょう。
仮に週に一度、60分のリハビリを行ったとしても、それは生活の中のごく一部にすぎないため、それ以外の時間をどう過ごすかが大切になります。
自主トレーニングを行えるように支援することも大切な観点といえますが、この分野でAIが活躍しはじめています。
たとえば、脳卒中や脳性麻痺の方の上肢機能訓練を行うための「gesture therapy」というプログラムでは、仮想のエージェントが自主訓練をサポートします。
このプログラムでは、モニターの中に映像が映し出され、その中の指標に対応するようにして上肢をリーチさせていきます。
AIはカメラや圧センサーを通してユーザーのパフォーマンスをモニタリングし、評価を行う役割を担っています。
AIの評価結果に基づいて、プログラムの難易度が調整される仕組みになっており、AIがセラピストの代わりを務めてくれます。
3.リハビリ計画を作成するプラットフォーム
株式会社ポラリス、パナソニック株式会社は、高齢者の自立支援を目的としたプラットフォームの共同開発を進めています。
パナソニックは、IoT家電やセンサーから生活リズムなどに関する情報を収集し、データはAI分析を行います。
ポラリスは対象者の要介護度の改善を目標に、自宅での生活状況も踏まえ、ケアマネジメントを実現する仕組みを構築します。
このケアマネジメントの中には栄養摂取や自宅改修だけでなく、リハビリの計画も含まれています。
熟練のセラピストのように、個別性を考慮できるのかどうかは定かではありませんが、「リハビリの計画」という領域にAIが踏み込んできていることは事実です。
なお、このサービスは2018年2月より実証実験が始まっており、2019年度中に事業化を目指しています。
今後の展望や心がまえは?AIとリハビリ業界の行く先
リハビリの計画から実施の段階に至るまで、幅広く応用される余地があるため、業務を補助する有用なツールとなりえます。
しかし、「AIが浸透したら、リハビリの仕事がなくなるのではないか?」という不安をお持ちの方もいるでしょう。
リハビリ職はどんなスタンスで仕事をしていくことになるのか、その展望について考察します。
●AIと人間で仕事の「分業」をする
AIは、人間がインプットした大量のデータをもとに、短い時間で求められる処理を行うことができます。
ある条件に基づいてリハビリの計画を立てたり、リハビリの負荷を計算したりといったことは、AIが得意とする仕事です。
一方、人間は最短でゴールを見つけるというよりも、その過程で成功や失敗をくり返し、経験値を高めていきます。
臨床業務でも、エビデンスやデータだけでは説明がつかないけれど、経験則が役に立ったという症例に遭遇したことがある人もいるでしょう。
そして、人間は対人能力や共感力に長けているため、患者さんの心理に寄り添うことができるという強みもあります。
今後はAIの技術がリハビリ現場に導入される際は、「人間にしかできない仕事とは何なのか」を踏まえ、分業のあり方を考えていきたいところです。
●最終的な判断はセラピストに委ねられる
「AIを使った医療に関する責任はどこにあるのか?」というテーマは、よく議論の的になっています。
画像診断にAIの技術を用いて、AIが診断を間違えた場合、責任は医師にあるのか、AIにあるのか、という問題があります。
リハビリ領域にAIが普及したときにも、AIの力を100%信じるのではなく、その限界について知っておく必要があるのです。
そのツールを用いた評価や治療が必要なのか、決定された方針に誤りはないか、ほかに考慮すべき要因はないか…。
そういったことに対して、最終的にセラピストが確認を行い、AIを補助的に活用していくことになるでしょう。
理学療法士や作業療法士はAI・ロボットに仕事を奪われにくい
AIやロボットが登場した時代においては、データ入力作業員、ホテルの受付、電話オペレーター、レジ係など、多くの仕事が将来的になくなると推測されています。
このテーマに関しては、イギリスのオックスフォード大学でAIの研究者(マイケル・A・オズボーン氏)が発表した「雇用の未来(The Future of Employment)」という論文がよく知られています。
この論文では、コンピュータ技術が台頭する時代において、将来的にどんな職業がなくなるのか、あるいは生き残るのかを計算しています。
702の職業を生き残りやすい順にランク付けした結果では、リハビリ関連の仕事が上位にランクインしています。
作業療法士 | 6位 |
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言語聴覚士 | 31位 |
理学療法士 | 90位 |
いずれもトップ100の中に入る結果となっており、リハビリの仕事がAIやロボットに奪われにくいことを示しています。
なお、702の職業の中で1位に輝いたのはレクリエーション療法士ですが、実際のリハビリ現場では作業療法士などがレクを担当することも多いです。
人との関係性を構築できるだけでなく、手先の器用さや交渉力なども、人間ならではの力となります。
実際のリハビリでは、関節可動域訓練などでも、関節のエンドフィールが骨性なのか、筋性なのか、痛みや浮腫によるものなのか、微妙な違いを感じながら手技に生かすことができます。
あるいは、患者さんの価値観や生活史、不安、気持ちの変化など、目には見えないものを考慮しながら、リハビリに生かしていくことも可能です。
リハビリの仕事は「対人」であり、AIやコンピュータだけでは対応しきれない部分があるため、人間だけが持つ強みを生かしていきましょう。
人間にしかできない仕事の魅力を大切に
リハビリ現場でも電子カルテが普及していますが、今では業務の効率が上がったと感じる方も多いでしょう。
AIを活用したツールも同様に、使い方次第で効率化のために有用なツールとなりえます。
近い将来、AIがリハビリに応用される日に備えて、人間にしかできない仕事とは何なのかを日頃から考えながらスキルアップを実現していきましょう。
参考:
DIGITAL TRENDS:Artificial intelligence is helping stroke patients to walk again.(2019年1月29日引用)
Medical press:Artificial intelligence system provides therapy for cerebral stroke sufferers.(2019年1月29日引用)
パナソニック:ポラリスとパナソニックの共同で自立支援介護プラットフォーム構築に向けた実証実験を開始.(2019年1月29日引用)
THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?.(2019年1月29日引用)
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執筆者
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作業療法士の資格取得後、介護老人保健施設で脳卒中や認知症の方のリハビリに従事。その後、病院にて外来リハビリを経験し、特に発達障害の子どもの療育に携わる。
勉強会や学会等に足を運び、新しい知見を吸収しながら臨床業務に当たっていた。現在はフリーライターに転身し、医療や介護に関わる記事の執筆や取材等を中心に活動しています。
保有資格:作業療法士、作業療法学修士