脳卒中患者の上肢リハビリにロボットを活用することは、さまざまなメリットがある
脳卒中においては上肢の片麻痺が主な症状の1つであり、患者の社会復帰においてリハビリは重要です。
ところで近年のリハビリにおいては、ロボットも活用されています。
本記事では上肢リハビリ支援ロボットを取り上げ、メリットと課題を明らかにしていきます。
目次
脳卒中による上肢麻痺に対して、リハビリを行う際の課題
2019年3月1日に厚生労働省が公表した「平成 29 年(2017)患者調査の概況」によると、脳血管疾患の患者数は111万5千人であり、主な疾患の1つとなっています。
上肢麻痺は脳卒中の症状、および後遺症の主なものの1つであり、QOL(生活の質)に大きく影響を与えます。
このため少しでも良くなるためにリハビリが求められる一方、以下に挙げる課題もあります。
●上肢が麻痺する患者の比率は大変高い
脳卒中は、右または左の上肢に麻痺が生じやすいことが特徴です。
森田によると、脳卒中の患者のうち重度の麻痺手を有する患者の比率は65%であるとしています。
これらの症状はFMAやFIMといった尺度で表すことができ、治療の効果を確認する方法としても使われています。
FMAは、Fugl-Meyer Assessment(Fugl-Meyer 運動スケール)の略で、それぞれの項目に関して以下の尺度で示すものです。
- ○0点:全くできない
- ○1点:一部できる
- ○2点:完全にできる
上肢については33項目が設定され、0点から66点の範囲内で機能を評価します。
一方でFIMは機能的自立度評価法と呼ばれ、日常生活動作における自立度を18項目に分けてはかる尺度です。
各項目は1点から7点で示され、1点は全介助が必要、7点は完全に自立していることを示します。
これにより、すべての項目で介助が必要な方は18点、すべてに自立している方は126点となります。
これらの麻痺は患者自身の日常生活および仕事に大きな制約を与えますから、リハビリによりどの程度回復するかという点が大変重要となります。
●発症後、リハビリが効果を上げやすい期間は限られる
脳卒中の発症後、上肢に対するリハビリが効果を上げやすい期間は限られます。
厚生労働省「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」によると、脳卒中に罹患した患者において「運動機能はおよそ発症から 3~6 カ月までに顕著に回復し、それ以降はあまり変化が見られなくなる」としています。
もちろん発症後、半年以降になると回復しないとは限りませんが、そのスピードは発症3~6カ月の時期よりも緩慢になる場合が多いです。
従ってリハビリが効果を上げやすい時期に、できるだけ機能を回復できるように患者を支援する必要があります。
この点について宮坂らは練習量において、1日1,000回以上の反復動作を目安としています。
●重度の麻痺手に対する有効なリハビリの方法は限られる
上肢に対するリハビリには、以下の方法があります。
- ○徒手療法
- ○作業療法
- ○リハビリロボットの活用
- ○CI療法
- ○経頭蓋磁気刺激治療
- ○低周波治療法
一方、上記の方法がすべての患者に適しているとは限りません。
とりわけ上肢麻痺が重度になるほど、リハビリの選択肢は限られることとなってしまいます。
上肢リハビリにロボットを活用するメリット
上肢リハビリの1つであるロボットの活用には、患者と医療スタッフの両方にメリットがあります。
ここではどのようなメリットがあるか、解説していきます。
●患者自身で練習でき、短時間の練習でも効果がある
ロボットを活用した上肢のリハビリは、機器へのセットなど医療スタッフの簡単な支援があれば、患者自身で上肢を動かす練習を行えることが特徴です。
もちろん上肢を1人で動かせない場合は、ロボットにより動かす機能もあります。
この練習は、短時間でも効果を上げることが可能です。
庵本らは2018年に、上肢リハビリロボットの1つ、ReoGo-Jを用いた研究結果を公表しています。
この結果によると週5日、40分間の作業療法にReoGo-Jによる練習を20分間プラスすることで、3週間後に以下の値の改善が得られました。
- ○FMA上腕項目
- ○FMA肩肘前腕項目
- ○FIM運動項目
従って毎日短時間でもロボットによる練習を行うことで、上肢の機能回復が期待できます。
●QOLの改善が期待できる
上肢リハビリロボットを活用することでより多くの機能を回復することができれば、日常生活においてできることも増えます。
これは脳卒中による機能の低下がより小さくなることを意味します。
従って上肢リハビリロボットの活用により、生活の質の改善が期待できます。
患者の回復状況によっては日常生活を送るのみならず、社会復帰できる場合も少なくありません。
●医療スタッフの負担が軽減される
徒手療法は患者の上肢を直接手で動かすため医療スタッフ自身の負担が大きく、長時間リハビリを続けることは難しいものです。
上肢リハビリロボットは医療スタッフが患者の上腕をロボットにセットすることで、力が必要な腕の曲げ伸ばし運動はロボットを活用し、患者自身で行えることが特徴です。
このため、医療スタッフの体力的な負担が軽減されることがメリットに挙げられます。
またロボットの台数が十分にあれば、同じスタッフの人数でより多くの患者が同時にリハビリを受けられることもメリットの1つです。
主な上肢リハビリ支援ロボットの特徴と効果
主な上肢リハビリ支援ロボットには、以下の2つがあります。
- ○ReoGo-J(レオゴージェイ)
- ○InMotion ARM Robot
それぞれのロボットについて、特徴と主な効果を解説していきます。
●ReoGo-J
ReoGo-Jは、イスラエルのMotorika社が提供するReoGoをベースに小型化した上肢機能練習用ロボットです。
2016年11月に、帝人ファーマから提供が開始されました。
ReoGo-Jの上部には、患者の上腕を固定できるアームがついています。
医療スタッフはアームに患者の上腕を固定し、患者は前に置かれたモニターを見ながら麻痺した腕を動かします。
ReoGo-Jを使った練習には、以下の特徴があります。
- ○アームの動きを3次元で設定できるため、上肢リハビリの練習が患者自身で行える
- ○放射状や円状をはじめ、17種類の動きを練習できる
- ○同じ動作を50回まで反復練習できる
- ○患者の状態に合わせて介助度は5種類から、また負荷や速度、アームの動く範囲も組み合わせた設定が可能
●InMotion ARM Robot
InMotion ARM Robot(以下、ARM Robotと略)は、アメリカのInteractive Motion Technologies社により製品化された上肢機能練習用ロボットです。
ARM RobotはReoGo-Jと異なり、ディスプレイはロボットの一部になっています。
患者はロボットと対面する形で座り、付属のアームに麻痺側上肢を固定して、画面の指示に従い練習を進めます。
ARM Robotには、以下の特徴があります。
- ○アームの動きは2次元であり、患者は水平方向の動きを繰り返す
- ○患者の体と腕、ディスプレイが一直線上であるため、腕の動きを目で確認しやすい
- ○患者の運動量に応じて、ロボットが動きをアシストできる
上肢リハビリ支援ロボットを活用する上での課題
ここまで解説した通り、上肢リハビリ支援ロボットの活用にはさまざまなメリットがあります。
一方でロボットの活用には課題もあり、すべての方に適しているわけではありません。
本記事の最後では、ロボットを活用する課題について解説します。
●練習メニューは患者の状態に応じた調整が必須
上肢リハビリ支援ロボットを使って練習する場合、そのメニューは患者の状態に応じた調整が求められます。
このため、より多くの患者に対する回復が見込めます。
竹林らが2015年に公表した研究結果によると、ベースラインのFMAが30点未満と30点以上の患者それぞれにおいて、効果をあげた設定が以下のように異なるとしています。
- ○FMAが30点未満の患者は、難易度を易しく設定するほうがより回復しやすい
- ○FMAが30点以上の患者は課題を難しく設定し、訓練のバリエーションも豊富にするとより回復しやすい
上記の通り上肢の機能がどの程度制限を受けているかによって、患者に適切な練習メニューも異なります。
そのため医療スタッフは、患者ごとに適切な設定を行う必要があります。
●完全麻痺になると、ロボットを活用したリハビリは難しくなる場合がある
ここまで解説した通り、上肢リハビリ支援ロボットを用いた練習は、重度の麻痺となった患者に対しても回復が期待できる方法です。
しかし全く腕を動かせない完全麻痺になると、ロボットを活用したリハビリは難しくなる場合があります。
宮坂らが2015年に公表した研究結果によると、ロボット訓練で強い疲労を訴えて参加を取りやめた患者5名のうち、4名は完全麻痺の状態でした。
すべての完全麻痺の患者がロボットを使えないとは言い切れませんが、その可能性は低いともいえないことに留意が必要です。
上肢リハビリ支援ロボットの活用は、社会全体にもメリットがある
上肢リハビリ支援ロボットを活用することで、患者と医療スタッフ双方にメリットがあります。
患者はリハビリの練習量が増加することで、より良い回復が期待でき、より多くの方の社会復帰も期待できます。
また医療スタッフの負担が軽減されることも見逃せません。
このことは、脳卒中により働けなくなる方を減らすことにもつながります。
従ってロボットをリハビリに活用することは、社会全体にもメリットを与えます。
参考:
厚生労働省 平成 29 年(2017)患者調査の概況.P15(2019年10月20日引用)
厚生労働省 事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン 参考資料 脳卒中に関する留意事項.(2019年10月20日引用)
メディックメディア 病気がみえるVol.11 運動器・整形外科 前腕の回内・回外.(2019年10月20日引用)
日本神経科学学会 脳科学事典 共同運動.(2019年10月21日引用)※FMAについて説明あり
ワイズ 用語集 FIM.(2019年10月21日引用)
畿央大学 21. Outcome measures in Stroke Rehabilitation 脳卒中リハビリテーションのアウトカム評価.pp.53-54(2019年10月24日引用)
国立循環器病研究センター [16] 脳卒中のリハビリテーション.(2019年10月21日引用)
国立循環器病研究センター [129] 脳卒中のリハビリテーション―いつから始めるのか?―.(2019年10月21日引用)
豊田章宏 脳卒中患者の復職支援事業報告.(2019年10月23日引用)
森田良文: 脳卒中片麻痺上肢のテーラーメイド・ニューロリハビリロボット. 地域ケアリングVol.19 No.5: 72-75, 2017.
東京湾岸リハビリテーション病院 作業療法.(2019年10月21日引用)
宮坂裕之, 富田豊, 他: 回復期脳卒中患者に対する上肢ロボット訓練の効果.(2019年10月20日引用)
庵本直矢, 竹林崇, 他: 脳卒中後上肢麻痺に対するReoGo-Jを使用した回復期における自主練習の安全性および有用性の検討. 作業療法37巻2号: 153-157, 2018.
竹林崇, 花田恵介, 他: 脳卒中後上肢麻痺に対するReo Go therapy system を用いた治療介入. The Japanese journal of rehabilitaion medicine Vol.52 No.3: 165-169, 2015.
道免和久, 吉田直樹: 片麻痺上肢の運動学習を促すロボットリハビリテーション. The Japanese journal of rehabilitaion medicine Vol.54 No.1: 4-8, 2017.
帝人ファーマ 上肢用ロボット型運動訓練装置 ReoGo-J.(2019年10月23日引用)
帝人ファーマ 上肢麻痺のリハビリロボットを上市.(2019年10月21日引用)
らいおんハート内科整形外科リハビリクリニック 上肢機能訓練ロボットReoGo-J.(2019年10月21日引用)
YouTube BIONIK InMotion Robotic ARM at TLC Galveston TX.(2019年10月21日引用) ※InMotion ARM Robotの活用例。再生開始後30秒で機器に「InMotion ARM」の文字が確認できる
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執筆者
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千葉県在住で、ITエンジニアとして約14年間の勤務経験があります。過去には家族が特別養護老人ホームに入所していたこともありました。2018年からは関東にある私大薬学部の模擬患者として、学生の教育にも協力しています。
現在はライターとして、OG WellnessのほかにもIT系のWebサイトなどで読者に役立つ記事を寄稿しています。
保有資格:第二種電気工事士、テクニカルエンジニア(システム管理)、初級システムアドミニストレータ
東原 太一郎 さん
2020年11月1日 2:45 PM
OGメディック「脳卒中患者の上肢リハビリにロボットを活用することは、さまざまなメリットがある」の記事を見てご連絡致しました。
病院で作業療法士をしている者ですが
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