障害物や周囲の情報をセンサーで検知。音声や振動で伝えるスマート白杖(はくじょう)への期待
視覚障害者が安全に歩くためには、白い色をした「白杖(はくじょう)」が欠かせません。
IT機能が搭載された「スマート白杖」により、安全・快適に歩行するためのさまざまな機能が強化されています。
本記事では、スマート白杖の特徴と魅力を解説していきます。
視覚障害者の外出に欠かせない「白杖」
白杖は「はくじょう」と読む身体障害者福祉法上の補装具で、盲人安全杖とも呼ばれています。
また白杖は、視力障害や視野障害をお持ちの方が安全に行動する上で欠かせません。
ここでは白杖が持つ役割とメリット、および課題について考えていきます。
●白杖が持つ3つの役割
白杖は、視覚障害者の「見る能力」をサポートします。
高齢者などの歩行をサポートする目的で使われる杖と同じような形をしていますが、役割は異なります。
日本眼科医会では、白杖には以下に挙げる3つの役割があると説明しています。
- (1)周囲の状況や路面の変化などの情報を入手する
- (2)安全を確保する
- (3)視覚障害者であることを知らせる
引用:日本眼科医会 中高年からのロービジョンケア8.白杖(はくじょう)を使用するにはどうしたらいいですか.
いわば目の代わりに、周りの様子や危険を知る上で重要な役割を果たす道具といえるでしょう。
また白杖は視覚障害者が歩行する際に携行が義務付けられているため、周囲に「目の不自由な方」ということを知らせるシンボルとしても役立っています。
●街なかで行動する際の危険を防止する
白杖は街なかで行動する際に、以下のような危険から身を守る効果があります。
- 〇駅のホームなどから転落したり、電車と接触したりする事故を防止する
- 〇道路などでほかの人や車と接触する事故を防ぐ
とりわけ駅のホームは、視覚障害者から見ると「欄干のない橋のようだ」といわれるほど、危険に感じる場所とされています。
国土交通省によると2010年度から2017年度まで、以下のように視覚障害者が関係する事故が発生しています。
- 〇毎年60~90件前後の転落事故
- 〇列車との接触事故も、ほぼ毎年発生している
近年では都市部を中心に点字ブロックやホームドアの整備が進んでいますが、危険を知る上で白杖の果たす役割は変わりません。
●白杖を活用する上での課題
白杖は視覚障害者の行動に欠かせませんが、一方で以下に挙げる課題も生まれています。
- 〇何かに接触しないと、危険を知ることができない
- 〇胸や顔の高さにある障害物の存在を、事前に知ることができない
- 〇地図情報や近隣施設などの情報を得るには、点字などほかの手段の活用が必要
これらの課題のなかには、IT化の進展により情報格差が生まれたことも含まれます。
一般の方はスマートフォンの普及により、街なかで入手できる情報が飛躍的に増大しました。
一方で視覚障害者は音声による情報取得は可能なものの、スマートフォンの画面などディスプレイに表示された情報を見ることは困難です。
このため安全はもちろん、情報格差が広がっていることも課題の1つとして見逃せません。
スマート白杖は外出に役立つ機能を備えている
スマート白杖は、IT機能を装備した白杖です。
通常の白杖よりも、安全面で優れた機能を装備していることが特徴です。
加えて製品によっては、街の情報収集ツールとしても使えることも見逃せません。
一方でスマート白杖は電力を使用するため、電池切れにならないよう管理が必要です。
ここではスマート白杖に関する4つの特徴を解説していきます。
●センサーやRFIDの活用により、接触しなくても危険や情報を取得できる
スマート白杖には機器により、以下の機能が装備されています。
- 〇センサーにより、周囲にある障害物の存在を知らせる
- 〇あらかじめ埋め込まれたRFタグを読み取る「RFIDリーダー」
センサーは胸や顔の位置にある障害物でも事前にそれらの存在を知らせ、よけて通るなど危険を防ぐ行動につなげます。
白杖だけでは見つけにくい高さの障害物も検知し、安全な歩行が可能です。
一方で「RFIDリーダー」という言葉には、なじみがない方もいるかもしれません。
これは情報を格納した「RFタグ」をあらかじめ必要な箇所に埋め込んでおき、RFIDリーダーで読み取ることで情報を得るものです。
RFタグは、電子タグやICタグとも呼ばれます。
RFタグに格納される情報の一例には、以下のものが挙げられます。
- 〇ここはホームの端である
- 〇ここは列車の連結部分である(すき間が広い)
- 〇ここは乗車口である
読み取る際には一般の白杖と異なり、接触させる必要がありません。
従ってセンサーと同様に非接触で情報を得られることはもちろん、「そこに物がある」という以上のさまざまな情報を伝えることができる点は大きなメリットに挙げられます。
RFIDは、すでにさまざまな分野で実用化されている技術です。
一例として、以下のものが挙げられます。
- 〇社員食堂の自動会計(例:食器の裏に貼ってある、丸い磁石に似たもの)
- 〇商品や備品の在庫管理
- 〇入院患者の管理(例:専用のリストバンドを手首に着けられる)
皆さまのなかには、上記に挙げるものを一度は利用した方も、多いのではないでしょうか。
●音声や振動など、さまざまな方法で情報を伝える
スマート白杖が感知した情報は、以下の方法で所持する方に伝達されます。
- 〇音声を発し、必要な情報を伝える
- 〇スマート白杖自身が振動する。振動パターンにより、異なる情報を伝える
もし白杖だけであれば、杖の先で接触した物体の感触をもとに、どのような情報なのかを瞬時に感じ取り解釈しなければなりません。
一方でスマート白杖なら障害物などに直接接触しなくても、それが何かを明確な情報として伝えることが可能です。
●インターネットに接続することで、道案内など街に関する情報も得られる
スマート白杖のなかにはIoT家電と同様に、インターネットに接続して情報を得られるものもあります。
これにより以下のように、さまざまな街に関する情報を得ることが可能です。
- 〇道案内
- 〇地下鉄の出口案内
- 〇現在地の近隣にどのような店があるか
白杖はとかく安全面ばかりがクローズアップされがちですが、スマート白杖を使うことで情報を獲得するツールに「進化」させることができます。
●専用の機器の使用が求められる場合も多い。また充電切れにも要注意
スマート白杖には、専用の白杖がセットされている製品が多いです。
この場合は白杖ごと購入したり、レンタルしたりしなければなりません。
またスマート白杖はITの機能を用いる関係上、多少なりとも電力を消費します。
毎日歩き回る方は毎日充電しなければならない場合もありますから、取扱説明書で充電時間や連続使用時間をよく確認する必要があります。
スマート白杖の例
スマート白杖には、いくつかの企業で実用化や実証実験がされているものがあります。
ここでは3つの製品を取り上げ、その特徴を解説していきます。
●フェニックスメディカルシステム「スマートケーン」
スマートケーンはインドで開発・製造されているスマート白杖で、日本ではアメディアが販売しています。
製品の特徴には、以下のものが挙げられます。
- 〇3m以内の障害物について、距離により4段階で振動を伝える
- 〇急接近するものがあれば、「ピーッ」という音で危険を知らせる
- 〇杖の部分は折り畳みが可能。畳んだ後のサイズは32~34cmと、コンパクトにできる
- 〇グリップの部分(センサー機能搭載)と杖の部分を別々にできる
このためなんでもコンパクトに収納したいという、日本人が多く持つニーズに合う製品といえるでしょう。
日本語サイトも用意されていることも特徴の1つです。
●WeWALK社「WeWALK Smart Cane」
このスマート白杖は、以下に挙げる3種類の特徴を持っています。
- 〇胸から上の障害物を検知し、振動で通知してくれる
- 〇スマートフォンアプリと連動させることで、道案内や近隣の店舗などの情報が音声で得られる
- 〇杖の部分と分離が可能
製品は公式サイトから、499ドル(2020年3月現在)で購入可能です。
今後は交通情報など、さまざまなアプリとの連携も期待されます。
ただし対応する言語は英語、ポルトガル語、トルコ語、アラビア語のみですので、将来の日本語対応が待たれます。
●京セラ「視覚障がい者歩行支援システム」
このシステムは上記2つとは異なり、ホーム上の安全を確保する目的で開発されているものです。
情報を検知する仕組みもセンサーではなく、RFIDを用いていることが特徴です。
情報はスマート白杖の振動だけでなく、スマートフォンを通じて音声で具体的に伝えられます。
RFタグに適切な情報を書き込んでおくことで危険を知らせるのみならず、その場所に合った情報提供を行える点が強みと考えられます。
本システムは開発中ではあるものの、2020年2月12日に情報が公開されました。
2020年2月18日から約1カ月間、横浜市に体験コーナーを設けていました。
ここで得たデータを基に、京セラでは3年以内の実用化を目指しています。
スマート白杖の普及により、視覚障害者が安全に行動できることを期待
スマート白杖は視覚障害者がどこでも安全に行動する上で、力強い味方となる製品です。
ただし日本語で使える製品の選択肢は、多いとはいえません。
一方で現在開発中のものもありますから、今後普及が進むことが見込まれます。
今後の製品や開発動向に注目し、視覚障害者の安全・安心と便利さが向上することを期待しましょう。
参考:
立花明彦: 何かお手伝いしましょうか 目の不自由な人への手助けブック. 産学社, 東京, 2014, pp.10-17.
日本眼科医会 中高年からのロービジョンケア 8.白杖(はくじょう)を使用するにはどうしたらいいですか.(2020年3月17日引用)
日本点字図書館 「いっしょに歩こう」目の不自由な人の誘導方法を簡単にまとめたリーフレットがダウンロードできるようになりました.(2020年3月17日引用)
厚生労働省 身体障害者障害程度等級表の解説(身体障害認定基準)について.(2020年3月17日引用)
国土交通省 駅ホームにおける安全性向上のための検討会 中間とりまとめ.(2020年3月17日引用)
国土交通省 駅ホームからの転落に関する状況.(2020年3月17日引用)
NHK 視覚障害者の4割が経験! ホーム転落.(2020年3月17日引用)
毎日新聞「ホームドア設置を」相次ぐ転落事故、視覚障害者切望/東京.(2020年3月17日引用)
東京新聞 駅点字ブロック 潜む危険 注意喚起あるはずが 視覚障害者「転落怖い」.(2020年3月17日引用)
日本視覚障害者団体連合 点字ブロックについて.(2020年3月17日引用)
日化産業 タグ付食器販売.(2020年3月17日引用)
日立製作所『RFID技術とその応用』~医療現場での応用アイデアを中心に~.(2020年3月17日引用)
デンソーウェーブ RFIDとは.(2020年3月17日引用)
デンソーウェーブ 【導入事例】RFIDで資産管理|三菱UFJトラストシステム株式会社 様.(2020年3月17日引用)
流通システム開発センター 電子タグとは.(2020年3月20日引用)
コトバンク ICタグ 知恵蔵の解説.(2020年3月20日引用)
WeWALK ”The tech empowering disabled people in cities”.(2020年3月17日引用)
WeWALK Revolutionary Smart Cane WeWALK.(2020年3月17日引用)
WeWALK トップページ.(2020年3月17日引用)
WeWALK WeWALK Smart Cane.(2020年3月20日引用)
WeWALK Key Features.(2020年3月20日引用)
メディアジーン 盲目のエンジニアが作ったスマート白杖。スマホ、Google マップと連動.(2020年3月17日引用)
ソシオコーポレーション 視覚障害を持つエンジニアが開発した「スマート白杖」が最先端!センサーで障害物を検知&Googleマップで音声ナビもしてくれます.(2020年3月17日引用)
ミンキュア 視覚障害を持つエンジニアが開発したスマート白杖、先端テクノロジーで歩行をサポート.(2020年3月17日引用)
アメディア 電子白杖 スマートケーンSC1.(2020年3月17日引用)
アメディア スマートケーン.(2020年3月17日引用)
アメディア 電子白杖スマートケーン-取扱説明書.(2020年3月17日引用)
京セラ 駅ホームなどでの視覚障がい者の安全歩行をサポートする「視覚障がい者歩行支援システム」の開発について.(2020年3月17日引用)
京セラ 「視覚障がい者歩行支援システム」の体験コーナーをみなとみらいリサーチセンターに開設!.(2020年3月17日引用)
インプレス 京セラ、駅ホームで視覚障がい者の安全な歩行をサポートする「スマート白杖」開発.(2020年3月17日引用)
日経BP 視覚障害者の「白杖」がスマート化 ホーム転落を防ぐ.(2020年3月17日引用)
エキスプレス 鉄道チャンネル 京セラが「視覚障がい者歩行支援システム」で駅ホームの安全な歩行をサポート 2/18みなとみらいに体験コーナー開設.(2020年3月17日引用)
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執筆者
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千葉県在住で、ITエンジニアとして約14年間の勤務経験があります。過去には家族が特別養護老人ホームに入所していたこともありました。2018年からは関東にある私大薬学部の模擬患者として、学生の教育にも協力しています。
現在はライターとして、OG WellnessのほかにもIT系のWebサイトなどで読者に役立つ記事を寄稿しています。
保有資格:第二種電気工事士、テクニカルエンジニア(システム管理)、初級システムアドミニストレータ