AIで看護師の記録業務を58%削減も。入院患者の転倒・転落も防ぎ、看護師の負担を軽減する
看護師は忙しい職種の1つですが、AIを活用することで業務の負担を軽減できます。
一例として看護記録業務の削減や、転倒・転落しそうな入院患者を検知するなどが挙げられます。
本記事では看護師業務におけるAIの可能性について、考えていきます。
目次
日々の記録業務は看護師の大きな負担となっている
日々の看護記録業務は看護師の主な業務であるものの、大きな負担にもなっています。
このことは離職や患者の不満につながる可能性もありますから、負担の軽減が求められます。
●日々の記録は、業務全体の3割を占めている
日々の記録が看護業務のうちどの程度の割合を示すかという点については、横須賀共済病院が病棟看護師600名に対して行った調査があります。
調査結果では、以下の内容が示されています。
- ○日々の記録は、業務全体の3割を占めている
- ○直接看護と記録業務にかける時間がほぼ同じ
- ○時間外勤務のうち記録業務は4割
病棟看護師において記録業務が直接看護とほぼ同じ時間をかけていることは、記録業務が大きな負担となっていることを示しています。
加えて看護記録は、看護師の主な残業理由にもなっています。
厚生労働省は「平成30年版過労死等防止対策白書」において、看護師の残業理由に関する調査結果を示しています。
この結果によると記録関連業務は看護師の残業理由の57.9%であり、最も大きな理由に挙げられています。
●記録業務の時間を減少させることは、看護師の負担軽減につながる
もし看護記録業務の時間を減少できれば、看護師の負担を直接軽減できます。
さきの横須賀共済病院の調査を基に8時間勤務の方の場合を例にとると、記録業務を2割削減で30分、4割削減で1時間がねん出できます。
これにより残業時間を減らすなどの対応が可能となります。
看護師の負担をAIで軽減する2つの取り組み
看護師の負担を軽減するために、AIを活用する取り組みが行われています。
本記事では2つの取り組みについて、その内容と効果を解説していきます。
●音声で看護記録を行うことにより、記録時間を58%削減
1つ目の方法には、血圧や体温、薬の服用量などを音声で入力する取り組みが挙げられます。
音声をAIで正確に認識できれば、直接データとして記録できることがメリットです。
病室で記録した内容をパソコンに入力し直す手間を軽減できるため、看護師の負担を減らせます。
北原国際病院とNECは、音声入力とAIを活用して看護記録業務を効率化する取り組みを行っています。
看護師は装着したヘッドセットで看護記録を話すことで、内容が自動的にサーバーに記録されます。
電子カルテに入力する際は記録された内容をコピー&ペーストすればよいため、以下のメリットが得られます。
- ○記録作業が楽になる
- ○記憶に頼らなくてすむため、誤入力を防げる
- ○記録すべき内容を忘れることも防げる
加えて音声での入力には、人によって言い方が異なる課題があります。
しかしこのシステムでは、文意を理解した上で記録するAI技術を活用しています。
そのため、誰が使っても正確に入力できることも特徴の1つです。
この音声入力システムを活用したことで、記録に関する業務が58%削減されたという結果が得られています。
また入力作業が楽になったこと、思い出す手間と時間が省けたことも主なメリットに挙げられています。
●看護師の判断を人工知能が学習し、入院患者の転倒や転落を4割削減する
AIは看護記録だけでなく、看護師の判断を補助する役割も担えます。
あらかじめ看護師が行う判断の内容をAIに学ばせることで、看護記録から該当する特徴を抽出し、アドバイスすることができます。
NTT東日本関東病院は株式会社FRONTEO(フロンテオ)と共同して、2015年2月から人工知能を用いて入院患者の転倒・転落を予測するシステムの実証研究を行いました。
この研究により、転倒や転落しやすいリスクのある患者を見つけ、実際に事故が起こる件数を減らすことが目的です。
研究の結果、AIのほうが看護師よりも、転倒や転落のリスクがある患者を3~4割程度多く見つけられたという結果を得ています。
AIなら自動で何度でも、かつ入院患者全員分のリスクを判定できるため、看護師がリスクをチェックする手間が省けることもポイントの1つです。
FRONTEOはエーザイ株式会社と共同で、人工知能を用いた転倒転落予測システム「Coroban」を開発し、2019年9月26日から発売開始されています。
Corobanの活用により、看護師の負担を軽減しながらより安全な病院にできることが魅力です。
AIの活用により、直接看護業務など看護師の強みを生かせる業務に時間を振り向けられる
看護記録業務にAIを活用し事務作業にかける時間を軽減することは、看護師の減員を意味しません。
むしろ看護師の強みを生かした業務に時間を振り向けられる効果が期待できます。
●直接看護業務の時間を増加させることで、より手厚い看護を行える
看護記録業務の効率化を求める背景には、直接患者と接する「直接看護業務」の時間不足があります。
記録業務を削減できれば残業を減らせるだけでなく、直接看護業務への時間を増やすことでより手厚い看護につなげることができます。
聖マリアンナ医科大学病院では音声入力システムの導入により、1分間の入力スピードは60文字から270文字に上昇しました。
これにより時間外の記録業務は3分の2となり、1日の病棟業務のうち「直接ケア」が占める時間も以下の通り増加しています。
- ○導入前:33.6%
- ○導入後:38.2%
これは時間ベースで考えると13%の増加となります。
直接看護業務の時間が増えることで手厚い看護を実現しやすくなり、患者さんの満足にもつながることが期待されます。
●看護師の強みを生かせる業務に多くの時間を割ける
看護記録業務の効率化は、直接看護以外にも以下のように、看護師の強みを生かした業務に多くの時間を割けるメリットがあります。
- ○採血など、実技のスキルを要する業務
- ○同僚や他職種などとのコミュニケーション
看護師は人手不足が深刻な職種ということもあり、AIの普及は人員の減少に直結しません。むしろ人でしか行えない業務に対し、重点的に時間をかけるといった変化がなされることでしょう。
AIが得意な業務はAIに任せ、看護師のスキルを発揮できる業務により多くの時間を割くことが、少ない人員を効果的に活用するコツとなります。
AIの活用は、よりよい看護の実現を後押しする
看護記録業務にAIを活用することで、看護師は日々の事務作業から解放されます。
このため残業時間が減少することはもちろん、時間に追われながら仕事をするストレスも軽くなるため、働きやすい職場となることも期待できます。
浮いた時間は看護の充実に当てることで、看護師の強みを生かしたよりよい看護を後押しします。
このようにAIの導入は、医療機関・看護師・患者すべてにメリットを与えることが特徴です。
参考:
時事メディカル AIに活路、横須賀共済病院の「今」 〔第1回〕AI活用で働き方改革 患者に寄り添う医療を目指す.(2020年5月22日引用)
厚生労働省 平成30年版過労死等防止対策白書.p151,155(2020年5月22日引用)
森口真由美: 音声入力とAIを活用した看護記録業務の短縮と質の向上. 看護管理 Vol.30 No.4: 354-357, 2020.
武田秀樹, 中尾正寿: 「看護師の判断」を人工知能が学習し転倒・転落予測を支援する. 看護管理Vol.26 No.12: 1066-1071, 2016.
FRONTEO FRONTEO、転倒転落予測システムの共同研究論文が国際的な医学ジャーナルJMIR Medical Informaticsに アクセプトされました.(2020年5月22日引用)
FRONTEO 転倒転落予測AIシステム「Coroban」日本転倒予防学会推奨品として認定.(2020年5月22日引用)
エーザイ Coroban.(2020年5月22日引用)
エーザイ 入院患者様の転倒・転落予測システム「Coroban」を新発売.(2020年5月22日引用)
吉江悟: AI(人工知能)によって看護師の仕事が減っていくかもって…本当?. エキスパートナース Vol.35 No.4: 68-71, 2019.
iNurse研究会 第1回iNurse研究会記録集.pp.4-17(2020年5月25日引用)
厚生労働省 看護業務の効率化先進事例アワード2019.p8(2020年5月25日引用)
聖マリアンナ医科大学 看護業務の効率化 先進事例アワード2019.(2020年5月25日引用)
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執筆者
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千葉県在住で、ITエンジニアとして約14年間の勤務経験があります。過去には家族が特別養護老人ホームに入所していたこともありました。2018年からは関東にある私大薬学部の模擬患者として、学生の教育にも協力しています。
現在はライターとして、OG WellnessのほかにもIT系のWebサイトなどで読者に役立つ記事を寄稿しています。
保有資格:第二種電気工事士、テクニカルエンジニア(システム管理)、初級システムアドミニストレータ