コンピュータはカルテの記録機器から、診断の力強いアシスタントに!人工知能による診療支援システムはここまで進んでいる
医療現場のIT化に伴い、電子カルテ以外にも様々な場面でパソコンを使用する医療機関が増えています。
このようなIT化の動きをさらに進めて、症状や検査結果を入力すると疾患の候補を表示する「診療支援システム」の試験運用が進められています。
診療支援システムはどこまで医師に近づけるのか、その性能を確認していきましょう。
目次
コンピュータに疾患などの診断をさせることは可能か?
現在は、医療における機械学習についての研究がさかんに行われています。
もちろん、医師に代わってコンピュータが診察することは難しいでしょう。
しかしある特定の条件下では、コンピュータも医師と変わらないレベルの診断が可能なまでに、IT技術は進化しています。
一例として2017年12月5日に発表された、工学院大学と東京医科大学が共同で耳小骨病変の診断を行った研究事例があります。
この研究では、脳の神経回路をモデル化した「ニューラルネットワーク」を使用しています。
従来の診断方法では、耳小骨の状態を確認するために手術が必要でした。
この研究では、耳小骨の状態を従来の方法と同等レベルの確度で診断することが可能という結果を得ています。
診断の正答率
診断方法|耳小骨の状態 | 正常 | 固着 | 離断 | 全体 |
---|---|---|---|---|
従来の診断方法 | 50.0% | 60.0% | 88.8% | 63.6% |
工学院大学の研究方法 | 79.0% | 61.0% | 45.0% | 61.3% |
このようにコンピュータを診断に利用することで、患者に苦痛を与えることなく正確な診断を行うことが期待できます。
患者の症状や検査結果などを入力すると、疾患の候補が表示される「診療支援システム」を試験運用中
自治医科大学では、診療支援システム「ホワイト・ジャック」を試験運用中です。
これは患者の症状や既往症、検査結果などを入力すると、人工知能を用いて候補となる疾患を表示するシステムです。
人工知能には、自治医科大学が持つ8,000万件の診療情報や、これに関する論文などの情報をあらかじめ学習させています。
ホワイト・ジャックは、ただの疾患検索システムではありません。
医師が臨床の場で使える、実用的なシステムをめざして試験が行われています。
このシステムは、患者の症状などから人工知能を用いて判断を行い、可能性の高い疾患を表示することが特徴です。
あわせて、出現頻度は少ないものの見落としてはならない、重大な疾患もあわせて表示するという点の強みもあるシステムです。
またホワイト・ジャックでは、同じ患者に対して何度でも判断をやり直すことができます。
これにより問診だけで得た情報による各疾患の確率と、検査結果などの情報を追加入力した後の各疾患の確率とを比較することで、より確実な診断に役立てることができます。
これらの情報をもとに、医師は自身の責任で診断を行います。
ホワイト・ジャックは、以下のような医療現場で使われることが想定されています。
- ○総合診療医
- ○へき地で勤務する医師
- ○開業医
- ○救急外来の当直医
- ○医学教育
医学の高度化に伴い医師の専門化が進むことは、専門外の疾患に対する経験を得る機会が少なくなることを意味します。
しかし上記に掲げた医療現場では、専門外だからといって診療しないというわけにもいきません。ホワイト・ジャックを利用することで、医師の専門外の疾患であっても見落としを行うことなく、自信を持って診断する手助けが得られるようになるのです。
症例や研究論文から病名を推測するシステムで、より適切な対処が可能に
東京大学医科学研究所は、2015年7月からIBM社の「 Watson」(ワトソン)を導入しています。
Watsonそのものは医療専用のシステムではなく、国内200社以上の企業で使われています。
また、その業界もさまざまです。
Watsonは以下の特徴を持つ、テクノロジー・プラットフォーム(異なる技術を集積して一体化した統合的なシステム)です。
- ○質問に対して大量のデータをもとに総合的な判断を行い、最適な回答を提示する
- ○判断を行う際には正誤だけでなく、どれだけ確からしいかということを踏まえた判断ができる
- ○文脈に沿った判断と回答ができる
- ○ことばの曖昧さや、言い回しの違いを踏まえた判断が行える
東京大学医科学研究所はWatsonを導入後、以下の情報を学習させ、医師の診断に役立てています。
- ○2,000万報を超える論文や過去の事例報告
- ○1,500万件以上の薬の特許情報
- ○これまで分子生物学で研究されてきた、生命のメカニズム
またWatsonの回答をもとに治療方針の変更を行い、成果に結びついた事例もあります。
抗がん剤での治療を行ったにもかかわらず病状が悪化した急性骨髄性白血病の患者は、この事例のひとつです。
Watsonが急性骨髄性白血病の中でも特に特殊で診断が難しい白血病を見抜き、医師がその診断に基づいて治療方針を変更したことで、患者は外来での治療が可能なまでに回復しました。
この症例はAIが命を救った国内初の事例ではないか、とされています。
診療支援システムをうまく使って、見落としのない診断を
ここまで、医師の診断を支援する診療支援システムを紹介してきました。
その優秀さから、
医師がいなくても治療はできるのではないか?と思った方もいるかもしれません。
しかしどんなに優秀な診療支援システムであっても、コンピュータは入力された情報しか参考にすることができないことを忘れてはいけません。
正しい診断をするためにはコンピュータによる判断のほかに、以下の情報も必要です。
- ○医師個人の臨床経験
- ○患者に直接触れたときの感覚
- ○実際に患者を見たときの直観
これらは、医師にしかできないことです。
このため診療支援システムが進化したからといって、「診断は医師が行う」ということの重要性は変わりません。
その一方で、日々の診療は多忙なことが多く、重要な疾患の可能性を見落とすリスクもあります。
その場合にコンピュータが提示する回答を参考にすることで、患者に対し最適な医療を施すことが可能となります。
このため、診療支援システムは正しい診断をするアシスタントとして使うことで、最大の効果をあげることができるでしょう。
まとめ
一人でも多くの患者を治癒に導くことは医師の仕事であり、医師の願いでもあります。
診療支援システムは患者に適した診断を行うためのアシスタント役を果たすことで、医師を力強くサポートします。
特に、見落とすと命に関わる疾患をチェックできることは大きなメリットです。
この点では経験年数の少ない医師だけでなく、ベテラン医師にも強い味方となるでしょう。
より良い医療のために、診療支援システムの本格運用が待たれます。
参考:
工学院大学 新技術説明会(2017年12月5日開催)(2018年3月17日引用)
工学院大学 低侵襲医療のための機械学習による耳小骨病変の診断法(2018年3月17日引用)
日経デジタルヘルス 人工知能はどこまで医師をサポートできるのか(2018年3月17日引用)
自治医科大学 双方向対話型人工知能による総合診療支援システムの開発(通称:ホワイト・ジャック)(2018年3月17日引用)
自治医科大学 人工知能(AI)をコアとした総合診療支援システムの開発(2018年3月17日引用)
HealthcareBiz AI診療支援「ホワイト・ジャック」、自治医科大学で臨床運用へ(2018年3月17日引用)
HEALTH PRESS 医師の診療をフォローする人工知能による医療診断システム「ホワイト・ジャック」!(2018年3月17日引用)
IBM 「もはや人智、人力を超えた世界」。Watsonが起こしたがん研究革命 (2018年3月17日引用)
Engadget日本版 IBMのWatson、わずか10分で難症例患者の正しい病名を見抜く。医師に治療法を指南(2018年3月17日引用)
IBM Watson活用例(2018年3月17日引用)
IBM Watsonとは?(2018年3月17日引用)
IBM 知ってた?IBM Watsonの3つのすごさ(2018年3月17日引用)
羊土社 テクノロジープラットフォーム(2018年3月17日引用)