心臓リハビリのパラダイムシフト、超高齢社会で期待される役割について解説します
2019年の7月13日からの2日間、大阪で第25回心臓リハビリテーション学会学術集会が開催されました。
医療界は日進月歩であり、普段から自身の知識をアップデートすることが大切です。
今回の学術集会で筆者が注目した3つのテーマについてご紹介し、今後の心臓リハビリに期待される役割を考えてみたいと思います。
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心不全における緩和ケアと今後の展望
「緩和ケア」と聞くと、一般的には癌の終末期をイメージする方が多いでしょう。
ここでは、心不全患者さんにおける緩和ケアについて考えてみます。
●心不全の緩和ケアとは?
心不全では、増悪と寛解を繰り返しつつも、徐々に心臓機能や日常生活動作(ADL)能力が低下してきます。
特に、サルコペニアやフレイルなど、加齢にともなう身体機能の変化が合わさることによって、高齢者では短期間で生活スタイルが崩れることも多いです。
しかし、癌の終末期とは異なり、この状態になれば緩和ケアという境目がつけづらいのが特徴的です。
入退院を繰り返しているうちに、「入院すれば症状が楽になる」、「そのうち元気に退院してくる」と楽観視されることもあります。
実際は、徐々に心臓の機能やADLが低下し、食事量が減った、歩きにくくなるなどの変化がじわじわと迫ってきます。
●緩和ケアと終末期はイコールではない
緩和ケアと聞くと、苦しみを和らげることや残された時間をゆっくりと過ごすというイメージが強いかもしれません。
しかし、緩和ケアと終末期は決してイコールではなく、生活を向上させる取り組みすべてを指すことを理解しておく必要があります。
たとえば、重症の心不全患者さんでは、塩酸ドブタミンという心臓の収縮力をサポートする薬剤がありますが、この薬剤はシリンジポンプでの投与になります。
原則として入院治療が必要となりますが、そのために退院ができない患者さんもいます。
しかし、自宅で生活したいという患者さんのニーズを考えると、点滴をつけたまま自宅退院をするという選択肢もあります。
その際は、かかりつけ医や訪問看護など地域の医療スタッフと連携をとり、緊急時の対応などについて情報共有しておく必要があります。
心不全における緩和ケアとは、病態や社会資源を考慮し、患者さんが自己判断できるためのサポートをすることといえるでしょう。
早期退院が可能!心臓弁膜症に対する低侵襲治療とは?
心臓や大血管の手術は開胸手術が代表的ですが、その侵襲の大きさや全身麻酔などが負担になります。
近年、心臓弁膜症に対する低侵襲手術が注目されており、ここでは2つの手術と術後のリハビリについてご紹介します。
●経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)と経皮的僧帽弁形成術(MitraClip)
大動脈弁狭窄症と僧帽弁閉鎖不全症は高齢者に多い弁膜症であり、外科的治療と内科的治療(薬物療法)が主流でした。
しかし、近年では冠動脈カテーテル治療のように、カテーテルを用いた治療がクローズアップされています。
◯経カテーテル大動脈弁留置術(TAVIまたはTAVR)
TAVI(通称タビ)は、大腿動脈からカテーテルを挿入し、そのまま逆行性に大動脈から左心室まで先端を到達させます。
その後、硬くなった大動脈弁を内側からバルーンで押し広げ、そこに弁を留置することで終了です。
この人工弁は、冠動脈に留置するステントのように網状の構造で、内から広げることによって吸着させることができます。
◯経皮的僧帽弁形成術(MitraClip)
MitraClipでは、大腿静脈からカテーテルを挿入し、逆行性に大静脈から右心房に到達させます。
そして、右と左の心房を隔てている心房中隔を穿孔し、左心房から僧帽弁にアプローチします。
最終的には、エコーなどの画像所見を参考にして逆流箇所を見極め、弁の前後をクリップで挟むことで終了です。
この手技は、クリッピングを行った後の逆流の程度を確認し、効果が不十分であればやり直すことができます。
また、静脈からのアプローチであるため、瘤の形成など動脈合併症がないこともメリットです。
●低侵襲治療後のリハビリにおける注意点
これらの低侵襲手術は、主に重症心不全患者さんや後期高齢者が対象となります。
体に対する負担が少ないため、術後も早期離床がスムーズにいくことが多いですが、決して楽観視できるものではありません。
なぜなら、低侵襲治療の対象は重症心不全患者さんや後期高齢者であることが多く、以下のような特徴があります。
- ◯もともとの身体機能が低下している
- ◯併存症が多い(運動器疾患 腎臓疾患 認知症など)
- ◯食思不振
- ◯心不全症状のため術前に十分なリハビリができない
これらの理由により、低侵襲後であっても術後経過が順調にいくとは限らないことに注意が必要です。
また、術前にフレイルの状態にある患者さんはせん妄発症が多いという報告も散見され、周術期のせん妄予防や栄養管理など、解決すべき課題があります。
しかし、これらの低侵襲手術を行う施設は大学病院や急性期に特化した病院であることが多く、在院日数は短くなります。
そのため、退院後、つまり地域における心臓リハビリの役割が重要視されてくるといえるでしょう。
その点も踏まえて、次項では今後の超高齢社会における心臓リハビリの役割についてご紹介します。
超高齢社会における心臓リハビリの役割とは?
心臓リハビリは、限られた医療機関で心電図モニターや呼気ガス分析装置を用いて行うイメージが強いでしょう。
しかし、今後ますます高齢社会が進行するなかで、その役割は徐々に変化していきます。
●高齢化率上昇と心不全パンデミック
今後の高齢化率上昇にともない、心不全患者さんが爆発的に増加する現象は心不全パンデミックとよばれています。
もともと、心臓リハビリは心筋梗塞などの冠動脈疾患を対象として広まりましたが、救命率上昇や二次予防が奏功し、予後の改善につながりました。
しかし、それと同時に弱った心臓をかかえたまま生活する高齢者が増加する傾向にあります。
心臓リハビリでも対象者の年齢が上がってきており、今後は高齢心不全患者さんのケアをどうするかが課題となります。
実際、筆者の施設においても、1年間で循環器科のリハビリ実施患者さん(入院)を集計すると、圧倒的に心不全患者さんが多く、平均年齢は80歳を超えていました。
また、加齢とともにサルコペニアやフレイル、認知症などの併存疾患をもつ方も多くなり、一様にリハビリを実施することはできなくなっています。
そのため、今後の心臓リハビリの役割は、循環器系に対する病態把握やリスク管理をしつつ、廃用症候群の予防または改善に努めていくことがあげられます。
●心疾患のケアも医療機関から在宅へ
心臓リハビリの対象が高齢心不全患者さんにシフトするとともに、介護分野を含む在宅での心疾患管理が重要になります。
心臓リハビリ外来を実施している医療機関でも、通院手段がない、集団での運動療法の適応ではないなどの理由で、すべての患者さんをフォローすることは難しいです。
そのため、デイサービスや訪問リハなど介護保険サービスで対応することが求められるでしょう。
しかし、心疾患に対する知識や緊急時の対応などを十分に理解したスタッフが育成されていることが前提条件となります。
取り組み例としては、地域の中核となる急性期病院が介護保険サービスを開始(居宅支援事業所やデイケアなど)し、医療機関で育成されたスタッフが対応するなどがあげられます。
また、介護保険サービスのキーマンであるケアマネジャーに対しても、研修会や情報交換会などを通じて心疾患に対する理解を深めていく必要があります。
今後の高齢社会における心臓リハビリは、高齢心不全患者さんが地域で安心して過ごせるよう、地域の他職種に対して啓発することが求められています。
心疾患の方が安心して生活できる地域づくり
心臓リハビリとは、医学的な評価にもとづいた運動療法や教育、カウンセリングなどから構成される包括的アプローチです。
しかし、対象患者さんの高齢化にともない、医療機関から在宅へのシフト、関わる職種の増加など、そのあり方も変わりつつあります。
また、2018年12月の「脳卒中・循環器病対策基本法」成立により、今後は地域における循環器疾患の予防や、専門スタッフの育成などが求められます。
地域リハビリテーションという言葉があるように、今後は地域心臓リハビリテーションという概念が浸透するかもしれません。
筆者も、心臓リハビリに関わるスタッフの一人として、社会のニーズに応えられるよう医療・介護の連携を深めていこうと思います。
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執筆者
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皆さん、こんにちは。理学療法士の奥村と申します。
急性期病院での経験(心臓リハビリテーション ICU専従セラピスト リハビリ・介護スタッフを対象とした研修会の主催等)を生かし、医療と介護の両方の視点から、わかりやすい記事をお届けできるように心がけています。
高齢者問題について、一人ひとりが当事者意識を持って考えられる世の中になればいいなと思っています。
保有資格:認定理学療法士(循環) 心臓リハビリテーション指導士 3学会合同呼吸療法認定士