脳卒中後の歩行リハビリで活用可能な歩行支援ロボットの特徴と課題
脳卒中を発症した後、歩けるようになるためにはリハビリが欠かせません。
リハビリには歩行支援ロボットが求められてきていますが、各ロボットには異なる特徴と効果があります。
本記事ではそれぞれの特徴を述べた後、歩行支援ロボットの課題を解説します。
目次
脳卒中後の歩行リハビリには歩行支援ロボットが求められる理由
脳卒中後、回復期における歩行リハビリは患者さんのQOL(Quality of Life、生活の質)を高める上で重要なものの1つです。
一例として歩けない患者がトイレに行けるようになることはうれしいことと同時に、生活の質を向上させる上でも大変重要です。
歩行支援ロボットは脳卒中後の患者さんに対し、リハビリの効果を上げる有効な方法となっています。
ここではまず歩行支援ロボットが求められる理由について、解説していきます。
●リハビリは早期に開始するほど効果が大きい
リハビリは始める時期により、その効果は大きく異なります。
この点について渡邊らは、以下の通り言及しています。
一般的に脳卒中後の機能回復は、発症から1カ月程度は比較的良好な回復を示し、その後はやや緩徐な回復となる。そして3~6カ月以降の回復はごくわずかとなりプラトーに近づくことが多いとされている。
(引用元:渡邊亜紀, 川井康平, 他:HONDA歩行アシストの継続使用による脳卒中片麻痺者の歩行変化)
このことは、リハビリが効果を上げる期間は発症後一定の期間に限られることを示しています。
従って状況が許す限り、効果的な方法で早期にリハビリを始めることが望ましいといえます。
●脳卒中後は「病気になった後の新しい歩き方」を習得する必要がある
脳卒中になった患者さんは、体の右側か左側のどちらかが麻痺している「片麻痺」となっていることが多いものです。
この状況はいわば「脳が体をうまく動かせない」状態ですから、まずは思い通りに足を動かせる状況を作る必要があります。
歩行支援ロボットは上記の目的を達成するため、以下のアシストを行うことが特徴です。
- ○関節を動かす練習をできるだけ単純化することで、イメージ通りに足を動かす助けとなる
- ○必要に応じて足を振り出す際の動きなどを、ロボットでアシストする
- ○患者さんの状態により、装具などを使用して関節の自由度を制限したり、負荷量の調整を行ったりすることが可能
- ○右足だけ、あるいは左足だけのアシストが可能な製品が多い
加えて、歩行支援ロボットはさまざまな段階での歩行練習に利用できる点も特徴です。
上野らが作成した「脳卒中早期からのHALを使用した5段階式下肢機能練習(HAL-STEP)」によると、リハビリは以下の5つの段階に分けられています。
- ○STEP Ⅰ:床上単関節練習
- ○STEP Ⅱ:立ち上がり練習
- ○STEP Ⅲ:歩行:踏み出し
- ○STEP Ⅳ:歩行:振り出し
- ○STEP Ⅴ:歩行:蹴り出し
上記それぞれの段階において、歩行支援ロボットが活用できることも特徴の1つに挙げられます。
●歩行支援ロボットは有効なリハビリ方法の1つとして、脳卒中治療ガイドラインに示されている
2015年に発刊された「脳卒中治療ガイドライン」において、歩行支援ロボットに関する記述が追加されました。
その内容は、「歩行補助ロボットを用いた歩行訓練は発症3カ月以内の歩行不能例に勧められる」となっています。
以前から提示されている「歩行や歩行に関する下肢訓練量を多くすること」と組み合わせることで、患者さんの歩く機能がより早く、より良いレベルに回復することが期待できます。
主な歩行支援ロボットの特徴と効果
脳卒中後のリハビリで活用できる歩行支援ロボットには、さまざまなものがあります。
ここでは主な歩行支援ロボットとして以下の3種類を取り上げ、それぞれについて解説していきます。
- ○HAL
- ○GEAR
- ○Honda歩行アシスト
●HAL
HALは、CYBERDYNE(サイバーダイン)株式会社が提供する歩行支援ロボットです。
HALを使うことで通常のリハビリとくらべて、多くの患者さんは自立歩行を獲得するレベルにまで回復することが見込まれると考えられています。
HALには患者さんの腰と膝、足首に装着して使う「両脚タイプ」「単脚タイプ」と、1つの関節だけを固定して使う「単関節タイプ」があります。
脳卒中の方の場合は片麻痺となる方が多いため、リハビリの段階に応じて以下の通り使い分けられることとなります。
- ○はじめは単関節タイプを麻痺側の膝に装着し、床上で膝の屈曲伸展動作を行う
- ○立ち上がり練習や歩行練習時は単脚タイプを装着し、股関節や膝関節に対するリハビリを実施
また歩行訓練を行う際には転倒を防ぐため、吊り下げ式免荷装置や免荷式トレッドミル装置を併用することが多くなっています。
●GEAR
GEARは、藤田保健衛生大学とトヨタ自動車が共同で開発した歩行練習アシストです。
麻痺側の下肢全体に装着する「長下肢装具」であることが特徴の1つですが、この装具はGEARの一部に過ぎません。
GEARは以下に示す装置全体から構成されますから、歩行練習ロボットというよりも歩行練習機器と呼ぶほうが適切ともいえるでしょう。
- ○長下肢ロボット(約5.7kg)
- ○低床型トレッドミル
- ○安全懸架装置
- ○ロボット免荷装置
- ○患者用モニタ
- ○操作パネル
GEARは足の振り出しや膝関節の屈曲・伸展を助けることが可能です。
またアシストする力も最初は100%から始めるものの、患者の回復状況に応じて数%まで下げることができます。
従って患者さんの回復状況に応じて、かつ患者の最大能力を引き出したリハビリを行えることがメリットに挙げられます。
加えてGEARは腰に装着しないため非麻痺側の足の動きを制限しないことも、患者にとって使いやすい点です。
平野らは脳出血または脳梗塞による片麻痺を起こした患者に対し、GEARを用いた研究を行いました。
この結果によると、GEARで1日40分の歩行訓練を週5回行った場合、FIM5(誰かに見守られる必要はあるが自力で歩ける)レベルにより早く到達するという結果を得ています。
また湯布院病院で利用した実績によると、以下の結果を得ています。
- ○長下肢装具だけでリハビリした方は4割しか自立歩行できなかったが、GEARを使った患者は6割が自立歩行できた
- ○自立歩行できるまでの期間は67日と、ロボットを使わない方法の半分
●Honda歩行アシスト
Honda歩行アシストは本田技研工業が提供する歩行訓練用機器で、約2.7kgと軽いことが特徴です。
ほかの歩行支援ロボットと異なり、トレッドミルなどの大掛りな装置を使わず、単独で腰と大腿部に装着して使用します。
本田技研工業によると、Honda歩行アシストは以下の要領で患者の歩行を支援するとしています。
歩行時の股関節の動きを左右のモーターに内蔵された角度センサーで検知し、制御コンピューターがモーターを駆動します。股関節の屈曲による下肢の振り出しの誘導と伸展による下肢の蹴り出しの誘導を行います。
(引用元:本田技研工業 歩行アシストとは)
渡邊らの報告によるとHonda歩行アシストを用いることで、10mを快適な速度で歩行する「快適歩行速度」が平均で0.19m/s向上する効果が得られたとしています。
ロボットを使用する前に歩行機能などを診断する製品もある
ここまでリハビリに歩行支援ロボットを活用することで、患者さんの歩行機能を改善させることを解説してきました。
一方でロボットを活用する前には事前に歩行機能を診断しておくことも、リハビリの成果を上げるためには欠かせません。
オージー技研では歩行機能を診断する製品として、「Q’z TAG walk」を扱っています。
この製品はわずか15グラムのセンサーを腰につけて10m往復することで、以下の機能をレーダーチャートで表示する機能を持っています。
- ○動き
- ○体重移動
- ○前後/左右のバランス
- ○速さ
- ○リズム
これにより、患者さんの下肢機能や転倒するリスクをチェックすることが可能です。
測定した結果は、パソコンに送信することもできます。
もし歩行時間を自動で測定したい場合は、「Q’z TAG walk plus」も活用できます。
また歩行リハビリの際には、下肢にかかる荷重量や筋力を測定する機会もあります。
オージー技研では、これらを測定する機器も提供しています。
この点については「下肢荷重計や筋力計を使いこなそう!整形理学療法士が機器の特徴と活用方法を紹介」記事をご参照ください。
歩行支援ロボットを活用する上での課題
これまで解説した通り、歩行支援ロボットは脳卒中後のリハビリに有効という研究結果がいくつか出ています。
一方で十分に活用する上では、いくつかの課題もあります。
ここでは課題を2点取り上げ、その内容を解説します。
●患者へのリハビリを提供するには、人もお金もかかる
患者さんに対してリハビリを行う際は、高頻度かつ高密度で行うことが望ましいとされています。
一方で機器の利用効率やリハビリスタッフなどの制約から、個々の患者に多くの時間を割り当てられる医療機関は少ないでしょう。
このことに対してHALを活用する佐賀大学医学部付属病院では、リハビリ回数が少なくても1回当たりの内容を高密度にすることで効果的な治療を目指すとしています。
●患者の状態とロボットの特性を見極め、適切なロボットを利用する
歩行支援ロボットにはそれぞれ特徴がありますから、「とりあえず使えば歩行状態が改善される」というものでもありません。
たとえば立てない患者さんに対して歩行練習をするわけにはいきませんから、まずは立つための練習を行うことが必要です。
このため患者さんの歩行能力がどのような状態にあるかを見極めた上で、適切なロボットを選択して使うことが求められます。
患者さんの社会復帰を高めるためにも、歩行支援ロボットの積極的な導入が望まれる
歩行支援ロボットは脳卒中になった後、可能な限り早く導入することで歩行機能の回復が期待できます。
ロボットによっては有効なエビデンスが少ないものもあるため、今後の研究結果が待たれます。
多くのロボットを用意することは費用がかさみ、設置場所も必要となることは難点の1つです。
しかし患者さんの回復状況に応じたロボットを用意することは、より多くの方が社会復帰することにつながりますから、積極的な導入が望まれます。
参考:
沢田光思郎, 三上靖夫, 他: リハビリテーションの質を高めるロボット. 難病と在宅ケアVol.22 No.2: 55-58, 2016.
陳隆明: ロボットリハビリテーションの可能性. 病院77巻4号: 305-309, 2018.
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中島孝: HAL医療用下肢タイプによる歩行運動療法. The Japanese journal of rehabilitation medicine Vol.54 No.1: 14-18, 2017.
平野哲, 才藤栄一, 他: 歩行練習アシスト(GEAR)と運動学習. The Japanese journal of rehabilitation medicine Vol.54 No.1: 9-13, 2017.
浜谷一司: 歩行支援ロボットが効率的な歩行をサポート、リハビリ効果を高める. 看護展望Vol.44 No.1: 41-43.
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浅見豊子 ロボットリハビリテーション外来からみたリハビリテーション医療の再考と今後の展望. (2019年9月23日引用)
平野哲, 加賀谷斉, 他 脳卒中片麻痺患者に対する歩行練習アシスト(GEAR)の有効性の検討. (2019年9月23日引用)
渡邊亜紀, 川井康平, 他 HONDA歩行アシストの継続使用による脳卒中片麻痺者の歩行変化.(2019年9月23日引用)
有末伊織, 田中直次郎, 他 歩行アシストロボットを用いた回復期脳卒中患者に対する歩行練習の影響.(2019年9月23日引用)
CYBERDYNE HAL 医療用下肢タイプ (JPモデル) .(2019年9月23日引用)
CYBERDYNE HAL 医療用下肢タイプ HAL-ML05 モデル HAL 医療用下肢タイプ 適正使用ガイド.(2019年9月23日引用)
CYBERDYNE HAL 自立支援用下肢タイプPro.(2019年9月23日引用)
CYBERDYNE HAL 自立支援用(単関節タイプ).(2019年9月23日引用)
産学官連携ジャーナル「藤田保健衛生大学 分野の壁を乗り越えて誕生したリハビリロボット」.(2019年9月23日引用)
NIKKEI STYLE「歩行リハビリ ロボがお助け」.(2019年9月23日引用)
島根県 FIMによる評価マニュアル. (2019年9月23日引用)
本田技研工業 歩行アシストとは.(2019年9月23日引用)
オージー技研 リハビリ 運動療法・起立歩行運動機器 / Q’z TAG walk BZ936010.(2019年9月23日引用)
オージー技研 【回復期編】脳卒中の症状とリハビリテーション 家族が知っておきたいポイントを解説.(2019年9月26日引用)
オージー技研 下肢荷重計や筋力計を使いこなそう!整形理学療法士が機器の特徴と活用方法を紹介.(2019年9月26日引用)
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執筆者
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千葉県在住で、ITエンジニアとして約14年間の勤務経験があります。過去には家族が特別養護老人ホームに入所していたこともありました。2018年からは関東にある私大薬学部の模擬患者として、学生の教育にも協力しています。
現在はライターとして、OG WellnessのほかにもIT系のWebサイトなどで読者に役立つ記事を寄稿しています。
保有資格:第二種電気工事士、テクニカルエンジニア(システム管理)、初級システムアドミニストレータ