投球障害肩の治療は、ここで差が出る!注目すべき3つのポイントをお伝えします
投球障害肩は、学童期から成人に至るまで幅広い年代で発症する可能性があります。
その多くは肩関節に問題を抱えていますが、投球動作は全身運動であり、治療方法に悩んでしまう方も多いです。
そこで今回は肩関節に注目し、投球動作における治療ポイントについてまとめました。
投球障害肩における、治療ポイントは次の3つ!
投球動作とは、下半身から上半身へと力が伝達されることで成り立つ全身運動です。
下半身の柔軟性が低下していると、本来持っている下半身の力を最大限に利用できず、上半身で補うことになります。
このような状態で投げ続けると、肩関節に過負荷が生じ、投球障害肩を発症してしまうのです。
そこで今回注目したい治療ポイントは、小円筋(しょうえんきん)や前胸部の柔軟性を改善すること、僧帽筋(そうぼうきん)の筋力強化です。
●小円筋の柔軟性改善
たとえばボールを投げる際は、離す直前に肩関節が外旋(右手なら上腕骨を軸に右に回転させること)することで、全身で生みだした力をうまくボールに伝えることができます。
このときの外旋機能の割合の多くを、小円筋が担います。
投球動作による小円筋への負荷量について、ケビン ウィルク (Kevin E Wilk /1993)らは、瞬間的に体重の108%の負荷が小円筋に加わると述べています。
また、投球動作における小円筋、棘下筋(きょくかきん)、三角筋後部線維などの肩関節の後方にある組織に対する負荷を検証した結果として、吉原圭祐ら(2011)は小円筋が高い負荷量を示したと述べています。
これらのことから、投球動作自体が棘下筋や三角筋後部線維と比較しても、圧倒的に小円筋に加わる負荷は大きく、投球動作をたびたび行うことによって、小円筋の微細な損傷が繰り返され、柔軟性が低下しやすくなるのです。
また、林ら(1996)は、小円筋が肩関節の後方関節包(靭帯に補強された関節の袋)に直接付着すると報告しており、小円筋の柔軟性が低下することで関節包後方の柔軟性も低下し、肩関節の可動域制限をもたらすことが考えられます。
このため、小円筋の柔軟性を改善することは、投球障害肩を治療するうえで非常に重要なポイントといえるのです。
●前胸部の柔軟性改善
前胸部とは、大胸筋(だいきょうきん)や小胸筋(しょうきょうきん)のことを指します。
前胸部の柔軟性が低下していると、投球動作でのいわゆる”胸の張り”が作れなくなります。
右投げの選手を例にすると、左足を上げてから地面に着くまでの間、反るような胸の張りが必要になります。
投球動作時の胸の張りは、弓矢にたとえることができます。
弦を強く引けば弓は大きくしなり、矢も力強く遠くへ飛びます。
しかし何らかの原因で弦が張れないと、弓のしなりが減り、矢の飛距離も伸びません。
胸の張りが低下すると、ほかの部位で補わなければならず、その結果、余計な負荷が加わることになるのです。
島田ら(1997)は、投球方向に対し、体幹が58.3°ねじれる動作が必要であると述べています。
ここでいう「ねじれ」とは、右投手の場合なら3塁側に、左投手なら1塁側に体幹がねじれる幅のことです。
つまり右投手の場合、左足が地面についた瞬間に3塁側(58.3°)にねじれるほどの柔軟性を備えている必要があるのです。
この柔軟性が低下していると、投球動作に必要な外旋可動域(外側に向かって回せる範囲)や、肩関節屈曲可動域(肩をあげられる範囲)が制限されてしまいます。
これらのことから、前胸部の柔軟性改善が必要となるのです。
●僧帽筋の筋力強化
僧帽筋(そうぼうきん)は、投球動作において肩甲骨を適切な位置に保持する重要な役割を担います。
この肩甲骨の位置が不安定になると、肩関節に過剰な負荷が加わってしまうため、特に僧帽筋の中部・下部線維の筋力強化が重要であるとされています。
クールスら(COOLS/2005)は、肩関節のインピンジメント症候群(痛みがあるため正常の範囲まで肩があげられない状態)を発症した選手は、発症していない選手たちにくらべ僧帽筋中部・下部線維の筋力が優位に低下していると述べています。
このため、投球障害肩を予防する意味でもこれらの筋力を強化することは、非常に有用であると考えられます。
まずは小円筋の柔軟性を改善しよう!
小円筋柔軟性の評価方法と、柔軟性を引き出すエクササイズについて述べていきます。
●小円筋の柔軟性をチェックする方法
小円筋の柔軟性は、あお向けになることでチェックできます。
- 1)あお向けに寝ます。
- 2)右の肩関節を90°屈曲(手の甲を上に向け指先を伸ばし、右手のみ前へならえの状態)
- 3)肩関節の角度を保ったまま、今度は肘関節を90°曲げます(肘下だけを、横に滑らすように顔方向に曲げる)
- 4)左手を右手の甲の上に乗せ、右手の指先が右側に向くように押し出していきます。
肘の角度(90°)をキープしたまま、右の肩関節を内旋(内側に向かってねじる動き)させていきます。
このとき、肩がすくまないように注意します。
1)~4)を投球側と非投球側で行い、動く幅に差がある場合、小円筋の柔軟性が低下していることが疑われます。
●小円筋の柔軟性を引き出すエクササイズ
小円筋のエクササイズは、横向きになって行います。
- 1)投げる側の肩が下になるように、横向きに寝ます。
このとき、両膝を曲げて身体を安定させます。 - 2)下側の肩関節は先ほどのチェック項目2)~3)の姿勢をとり、同じく反対の手を手の甲に乗せます。
- 3)下側の肩関節が浮いてこないように顎(あご)でおさえながら、左手で右手を押し出していきます。
このエクササイズを行うことで、小円筋や付着する後方関節包のストレッチ効果が得られます。
前胸部の柔軟性、解消できていますか?
前胸部の柔軟性は、検査する姿勢によって結果が異なることがあります。
その理由は、肩関節は脊柱(せきちゅう)の可動性や肩甲骨の動きにより運動が代償され、あたかも柔軟性があるかのようにみせかけている「トリックモーション(ごまかし運動)がでやすい特徴」をもつためです。
そこで、正確に柔軟性を評価する方法と、それに対するエクササイズを以下にまとめてみました。
●前胸部の柔軟性を検査する方法
前胸部の柔軟性は、横向きになることで検査することができます。
- 1)投球側の肩関節を上にして、横向きで寝ます。
このとき、膝と股関節を曲げて、身体を安定させておきます。 - 2)非投球側の肩関節を内旋(肩を内側にねじる動き)します。
- 3)投球側の肩関節を、後ろ側の床につけるように倒していき、上体をねじります。
このとき、曲げている膝が、上体のねじれにつられて浮いてこないように注意しましょう。
投球側の肩甲骨が床に接地すれば、投球に必要なねじり(柔軟性)は得られていることになります。
●前胸部の柔軟性を引き出すエクササイズ
前胸部の柔軟性は、壁を使ったストレッチで獲得できます。
- 1)壁に対して、横向きに立ちます。
このとき、投球側の手が壁側となるようにします。 - 2)投球側の肩関節を90°外転(腕を横にあげる)します。
- 3)肘関節を90°屈曲(肘から下を手のひらを起こすように直立になるところまで曲げる)します。
- 4)その姿勢のまま、肘関節から指先を壁につけます。
- 5)手の位置はそのままで、身体だけを左側に向けていきます。
右の胸部にストレッチ感が得られたら、30秒数えます。
これらの動きを左右2セット程度繰り返します。
僧帽筋の筋力強化が重要!
筆者の経験上、特に学童期においてはこの僧帽筋の筋力が不足している傾向にあると感じています。
未熟な身体で肩関節に負担のかかる投球動作を繰り返すことは、障害をきたす一番の危険因子といえます。
ここでは、特に投球動作で重要な僧帽筋中部・下部線維の筋力の評価方法と、強化方法についてまとめました。
●僧帽筋中部・下部線維の筋力評価方法
僧帽筋中部線維(背中の上部、表層にある筋)、下部線維(背中の下部、表層にある筋)を分けて評価するには、肩関節の外転角度が重要です。
僧帽筋中部線維の場合は90°外転、下部線維の場合はおおよそ130°外転位をとります(※1)。
評価方法は以下のとおりです。
- 1)うつ伏せに寝ます。
- 2)検査したい筋肉に合わせて肩関節外転角度を調整し(※1参照)、手は親指が天井を向くように起きます。
- 3)肘関節を伸ばしたまま、両手が床から離れるように持ち上げていきます。
持ち上げた状態で10秒程度保持できなかった場合は、筋力が低下していると考えられます。
また、足が動いてしまったり、身体がねじれるような動きをした場合は、僧帽筋に筋力低下があると考えられます。
検査時、対象者に「足を動かさない」「身体をねじらない」ことを意識する旨をあえて指示せずに実施することで、普段どのように身体を使っているかを知ることもできます。
●僧帽筋中部・下部線維の筋力強化方法
僧帽筋の筋力強化の方法としては、上述した筋力評価方法の姿勢をそのまま利用します。
両手を持ち上げた姿勢で5秒ほど保持したら手を下ろす動作を反復する方法です。
1セットにつき10回~20回、1回に2~3セット実施しましょう。
指導者がついている場合には、身体のねじれや足の動きを選手に伝えてあげることで、身体の使い方を学習させることができます。
普段の生活のなかではまず意識しない部分ですので、肩を動かすときには僧帽筋を働かせるイメージを持つことから始めると良いでしょう。
まとめ
本記事では、投球障害肩の治療ポイントについて、柔軟性の評価を中心にまとめました。
介入ポイントにしぼってお伝えしましたが、肩関節治療をすすめていくうえでもっとも重要なのは、余計な負荷がかかる部位の負担を分散することです。
投球障害肩に関しては、現在も非常に多くの研究がなされており、病態の解釈や治療方法も含め、日々進歩しています。
目のまえの選手を良くするために、ぜひ最新の情報などにも目をとおしてみてはいかがでしょうか。
参考:
Wilk KE, Andrews JR, et al.:The strength characteristiscs of internal and external rotator muscles in professional baseball pitchers. Am J Sports Med21:61-66,1993.(2018年3月20日引用)
吉原圭祐, 他: 野球の連続投球による肩関節外旋筋群の筋疲労に関する研究.第46回日本理学療法学術大会 抄録集38(2), 2011.(2018年3月20日引用)
林典雄ら.後方腱板(棘下筋・小円筋)と肩関節包との結合様式について.理学療法学,23-8,522-527.1996(2018年3月13日引用)
島田一志ら.野球の投球動作における体幹の動きのバイオメカニクス的研究.日本体育学会,48-339,1997.(2018年3月13日引用)
COOLS,Ann et al.Isokinetic scapular muscle performance in overhead athletes with and without impingement symptoms.Journal of athletic training,40-2,104,2005.(2018年3月13日引用)