ボケてたまるか!認知症の手前の症状で、認知症にならなかった理由(ワケ)
この記事ではまず事前知識として簡単に認知症の説明をしてからケースの紹介に入ります。
年をとると「物忘れが多くなった」という人も増えていきます。
老化による物忘れと認知症は同じ記憶の不具合ですが、両者の境界線はどこなのでしょうか?
違いは「ヒントによって思い出せるかどうか」です。
記憶のメカニズムと認知症
たとえば、「鍵が見当たらない」となれば「居室の引き出しにありますよ」と言えば思い出すのですが、認知症の場合は「鍵をしまったこと」自体を忘れてしまっているので、介護職に伝えることが困難なのです。
- 1) 覚える
- 2) 保持する
- 3) 引き出す
上記が、記憶のメカニズムです。
認知症の入居者は1)、2)に障害があるので、記憶自体が無くなってしまうのです。
認知症の症状・病名はいろいろありますが、どの認知症も上記のことは必ず出現する見当識障害ですので、各認知症の詳細はここでは述べることはしません。
「認知症に移行する前に戻った」ケースの紹介
ここでは、ある認知症と疑われた入居者が「認知症に移行する前に戻った」ケースをご紹介します。
MCI診断は突然に
◯山田さん(仮名)65歳 要介護認定2(主な疾患名:軽度認知症(MCI))
子供は独立し、山田さんは奥さんと2人暮らしです。
当時まだまだ現役だった山田さん、2015年頃より物忘れが目立ち、仕事中にあり得ないミスを連発するようになりました。
そのことを会社より聞いた奥さんは不安になり「最近はやりの認知症なのでは」と心配するようになりました。
しかし、実際自宅では大きな問題はなく生活を送ることができていました。
そこで「勘違い」かもと奥さんも安堵の様子でしたが、それは長くは続きませんでした。
- 家にいるのに「あいつはどこ行った」と部下の動向を奥さんに聞く
- 家にあるはずがないのに「書類が見つからない」とあちこち探す
- 夜中なのに「仕事に行く」と言い出す
と、ちぐはぐな言動をするようになり、奥さんも「これは病院に行ったほうがいいのでは…」と思いはじめました。
次の日に奥さんは山田さんの仕事を休ませ、しぶる山田さんを強引に引きずり出して病院に連れていきました。
ちなみに、この強引な連れて行き方は本来は逆効果です。
しかし、山田さんの場合は病院に着いた後は、特に文句もなくスムーズに受診してくれたようです。
この行動が良かったかどうかは判断に迷いますが、山田さん自身も不安があったのではないでしょうか。
担当医師の診断
MRIや血液検査の結果、「軽度認知症(MCI)ですね。まだ初期症状なのできちんと治療すれば改善していきますから大丈夫ですよ。しかし、治療をきちんとしてくれないとアルツハイマー認知症になる危険性があるので、お薬はきちんと飲んで、定期的に外来に来てください」と担当医師に言われました。
治る可能性があり安堵したようですが、逆に悪化させることもあるので注意していかなければならない、と奥さんは思いました。
そこで奥さんは仕事を継続させるのは会社にも迷惑がかかるため、休職という形にしてもらい、様子を見ることにしました。
しかし、きちんとお薬などを忘れず飲んでいるのに一向に症状が改善しないので、さすがに奥さんも不安が募ってきました。
そこでまずは奥さんだけで病院を受診し、担当医師に状況を説明します。
担当医師からは、「会社に行く、というのは現状の話を聞く限りは難しいので、復職を最終ゴールにして、今は閉じこもりがちなご主人を表に出すようにしてはどうでしょうか?そのために介護保険申請するといいですよ」とアドバイスを受け、その足で市役所に行って申請を行いました。
申請の結果、要介護2の認定が下りました。
しかし、認定が下りたころにはお湯を沸かしっぱなしで放置したり、鍋を焦がしてしまったりという行動もでてくるようになりました。
奥さんも仕事をしているので、このまま山田さんだけを1人で置いてはいけないと思い、介護老人施設への入居を決めたのでした。
環境の変化と回復
ここからは、当時同施設に在籍していた筆者も山田さんのケアに加わります。
筆者の観察によれば、山田さんは入居当初は自分より年上ばかりの施設に入ったということもあり、少し緊張気味でした。
トイレに迷うことも数回ありましたが、入居して1週間経過したころにはそれも治まっていました。
しかし食事は毎食用意されますので、お湯を沸かすなど、家事動作がないためその点をどう確認するかを検討しなくてはなりませんでした。
家庭介護復帰室で(※介護保険施設は在宅復帰を支援する施設に位置付けられています。そのため、家庭介護復帰施設で調理をしてもらうことや、家族の人と過ごしてもらえるようお風呂なども設備されており、そこでまずは様子を見て、外泊を繰り返し退所していくことになります)担当してくれることになったOT(作業療法士)からは
「診断がMCIなら改善する可能性があるけれども、それには毎日の介護職と山田さんの関わりや観察の情報を共有する必要があります。そのように関わっていけば改善すると思います。プログラムは私(OT)が作りますね」
と言ってもらえました。
早速カンファレンスを実施し、OTの評価を共有しました。
そこで各職種でどの部分を担当するかを介護職で振り分け、1カ月後に再度評価することになりました。
OTのプログラムには「7つの行動を習慣づけると、回復する可能性があります」と記載されていましたので、早速7つの行動を山田さんとともに実施していくことになりました。
この時点での山田さんの認知症度を計測するテスト(改訂版長谷川式簡易スケール30点満点)の結果は23点。
20点以下が認知症の疑いなので微妙な点数ではあったのですが、長谷川式の点数も向上させようと目標に組み込みました。
今回、山田さんと実施したのは下記の7つの行動です。
1)運動
椅子に座って足を上げる(膝をまっすぐ伸ばし、左右15回)
介護職と施設の芝生を歩きながら会話し、歩行能力の向上につなげました。
2)料理
家庭介護復帰室に奥さんも同席してもらい実施しました。
もともと一人暮らしが長かったということでお米を炊くことはできていたそうなので、お米を炊く一連の動作をしてもらいました。
当初はぎこちなく、奥さんが横から口を出しそうな勢いでしたが、そこは我慢してもらいまして、あくまでも社会復帰する山田さんのためのリハビリであることを奥さんには認識してもらいました。
炊飯器で炊きあがるのが25分に設定してあったので、ご飯を炊きながら25分間並行して別の動作もしてもらうようにしました。
野菜を切ったり、洗い物をしたり、食器を用意したりと、介護職の指示にスムーズに動けるようになりました。
25分で1食分の調理ができたわけです。
これには相当山田さんも「自信がついたよ」と喜んでいたことを思い出します。
3)音楽
山田さんは少し苦手なようでしたが、「社会復帰には大切ですよ」と介護職の言葉に触発され、懸命に笛などをふいていました。
4)絵画
これも山田さんは苦手でした。
「美術の成績、良くなかったんだよな」と少し照れくさそうに笑っていました。
「下手でもいいので何か描いてくださいね」と促し、絵筆を動かし、食堂を書いたりしてくれました。
5)睡眠
規則正しい生活を営むために、睡眠時間は7時間ほどで起床してもらい、新聞を読むことを日課にしてもらいました。
昼寝は30分までと決めましたが、これはきっちり守って生活してもらえました。
6)歯磨き
1日5回磨いてもらうようにしました。
山田さんはすべて自分の歯でしたが、磨くという行為は細かく分かれて脳を活性化させるのでお願いしたところ、山田さんは実施してくれていました。(歯磨きは、歯ブラシをぬらす、歯磨き粉をつける、歯を磨く、水をコップに入れる、うがいをする、歯ブラシを洗う、元に戻すと分割的な行動が多いので、実践してみてほしいとOTからのアドバイスがあったのです)
7)脳トレ
これは沢山の種類の脳トレがあるので、施設にある脳トレを実施してもらいました。
これが一番山田さんは楽しそうでした。
2カ月後、再度長谷川式で計測すると…?
上記の1)~7)を根気よく続けてから2カ月後に再度長谷川式を計測したところ29点になっていました。
担当医師にそれを伝えるべく奥さんが診察に行くと「それはよかったです。いい施設に入居できたんですね」と言われたようでした。
これはわれわれも嬉しかったです。
そうして外泊、外出を繰り返し、山田さん・奥さんともに自信がついたので、3カ月後自宅へ戻られるということで退所されました。
継続したからこそ得られたもの
退所後の評価として、OTのアドバイスをもらい、介護職員が共通の目標を持つことで認知症になる危険性がある方を改善させることができたのは非常に自信につながりました。
また、他職種連携がとても重要であることを再認識させられたケースでした。
ちなみに山田さんからは後日手紙があり、退所後も施設での7つの習慣を続けたところ、2カ月後には職場復帰を達成できた、とありました。