喉頭摘出により声を失った方でも、自然な声を取り戻せる。AIを活用した製品が開発中
喉頭がんなどの病により声を失った方にとって、声を取り戻すことは切実な願いと思う方も多いでしょう。
実用化されている方法には、いずれも一長一短があります。
このため、AIを活用した製品が開発中です。
本記事ではそれぞれの特徴について解説します。
目次
自分の声を取り戻すことは、生活の質を向上させる点で重要
喉頭がんや下咽頭がんなど、手術により喉頭を摘出した方は、声帯も摘出してしまうため声を出せなくなります。
このため、ほかの方とのコミュニケーションが大きく制限されます。
もしほかの方とのやり取りが筆談など文字に限られた場合を想像すると、わかりやすいでしょう。
特に会話が好きな方は、生きる希望を失ってしまうかもしれません。
手術以前の声を取り戻すことは、生活の質を向上させる点でも重要です。
このため声を失った方に対し、さまざまな発声法が活用されています。
しかしすべての方法で、自分の声を取り戻せるわけではありません。
声を取り戻す主な3つの発声法には、メリットとデメリットがある
喉頭摘出者が声を取り戻す方法には、主に以下の3つが挙げられます。
- ○食道発声
- ○EL発声
- ○シャント発声
いずれも一長一短があるため、「あまりトレーニングせずに自然な声が出せ、メンテナンスも楽」といった方法がないことが難点です。
それぞれの方法について、メリットとデメリットを確認していきましょう。
●食道発声
食道発声とは食道の入口にある粘膜を声帯の代わりとして活用し、声を出す方法です。
トレーニングを積めば特別な器具を使うことなく、自然な声を出せます。
加えて、メンテナンス費用がいらないことも大きなメリットに挙げられます。
一方で習得には、長いトレーニング期間を要します。
人によっては、習得まで2年以上かかる場合もあります。
加えてあまり大きな声を出せないこと、高齢になると発声しにくくなる点もデメリットに挙げられます。
●EL発声
EL発声は、喉の部分に専用の機器を接触させて発声する手法です。
このことから、電気式人工喉頭とも呼ばれます。
機器を使って声を出す方法を覚えれば良いため、短期間で声を出せることがメリットです。
また音量調整も可能であるため、大きな声を出さないと伝えられない場所でも問題なく使えます。
一方で機器の価格は数万円前後となる場合もあり、安価とはいえません。
ただし喉頭を切除した方は身体障害者3級となるため、各市区町村の『日常生活用具給付等事業』による補助金を受けられる場合もあります。
その一方で、以下に挙げるデメリットも見逃せません。
- 1)声を出す際には、片手がふさがる
- 2)どこへ行くときでも、専用の機器を肌身離さず携行しなければならない
- 3)ロボットに似た、平坦な音声になりがち
3番目の課題を解決する目的で、一部の機器では抑揚をつけられる、男性と女性の声の高さに合わせられるといった工夫がされています。
しかし文脈に合わせて声のトーンや抑揚を変えられるレベルには至っていないため、不自然に聞こえてしまう可能性は残ります。
●シャント発声
シャント発声は、喉頭摘出をした際に身体の表面に設けられた「気管孔」と呼ばれる穴を手でふさぎ、声を出す方法です。
自然に聞こえる発声ができることは、大きなメリットに挙げられます。
習得までの期間は2週間から2カ月と、EL発声よりは長いものの食道発声よりはかなり短い期間で声を出せます。
なかには、退院時に声を出せる方もいるほどです。
この方法を活用するためには、事前に食道と気管をつなぐ器具を挿入する手術を受けておく必要があります。
また体内に埋め込んだ器具の定期的なメンテナンスも必要となり、費用がかかる点も難点に挙げられます。
手軽に発声できる手段として、AIを活用した製品が開発中
あまり苦労することなく、もう一度自然な声を取り戻したい。
AI(人工知能)を活用し、このような要望にこたえられる製品「Syrinx(サイリンクス)」が開発中です。
ここではどのような特徴があるか、2つのポイントを取り上げ解説します。
●口パクするだけで、比較的自然な声に聞こえる
Syrinx は口パク(口は声を出すときと同じように動かすが、声は出さない)するだけで、その人なりの自然な声を出せることが魅力です。
この実現には、AIを活用し人の声に近づける機能を搭載した「アクチュエーター」が重要な役割を果たしています。
アクチュエーターは、2つあるスピーカーの1つに内蔵されています。
過去の映像や音声データに利用者の声が残っていれば、装着する方がかつて発していた声の特徴をAIで学び、口を動かすことで元の声を出せるようになります。
●ハンズフリーで会話可能
Syrinx は、首に巻いて使います。
一般的なEL発声では声を出すときに片手がふさがることが難点ですが、Syrinx なら手に持たなくても使えるため両手が空くことが特徴。
買い物や旅行中など荷物が多くなるシーンでも、安心して使えます。
また人に見せたくなるデザインであることも、大きなメリットといえるでしょう。
活用できるシーンが広がるため、これまでよりも外に出ることが楽しみになりそうです。
病気になる前の声を取り戻せる、新しい技術に期待
Syrinx が実用化すれば、喉頭を切除した方でもかつて自分が発していたときの声を、短期間で取り戻せることが期待できます。
片手がふさがらず手軽に使えること、シャント発声のように器具の挿入が不要なことは大きなメリット。
実用化されれば、使いたい方も増えると考えられます。
この機器は、AIといった新しい技術が生かされた例です。
生活の質を向上させるためにも、技術の進化に期待しましょう。
参考:
宮城県リハビリテーション支援センター 「喉頭摘出者のためのコミュニケーションマニュアル」~もう一度 あなたの声を 取り戻す~(2021年8月23日引用)
銀鈴会 食道発声とは(2021年8月23日引用)
銀鈴会 第23回 身体障害者の現状と老人保健について(2021年8月25日引用)
厚生労働省 身体障害者障害程度等級表(身体障害者福祉法施行規則別表第5号)(2021年8月25日引用)
厚生労働省 日常生活用具給付等事業の概要(2021年8月23日引用)
第一医科 電動式人工喉頭 ユアトーン(2021年8月23日引用)
センシンメディカル SECOM マイボイス(2021年8月23日引用)
センシンメディカル SECOM マイボイス 発声練習ガイド(2021年8月23日引用)
センシンメディカル ニューボイス(2021年8月23日引用)
メディカルレビュー がんで失った声を取り戻すシャント発声 ~喉頭摘出者の新たな選択肢に~ 増山 敬祐 先生(2021年8月23日引用)
アトスメディカル ボイスプロステーシス(2021年8月23日引用)
Syrinx(2021年8月23日引用)
Masaki Takeuchi Syrinx 紹介映像(2021年8月23日引用)
J-WAVE 失われた声を取り戻すウェアラブルデバイス「Syrinx(サイリンクス)」にフォーカスします。(2021年8月23日引用)
朝日新聞社 bouncy 失われた声を取り戻す。両手が使える電気式人工喉頭「Syrinx」(2021年8月23日引用)
ロボットスタート 声を失った人にAI技術で自身の声を再び届けたい、Microsoft主催「Imagine Cup 世界大会」で東大チームが電気式人工喉頭で準優勝(2021年8月23日引用)
TBSラジオ 失った「声」を取り戻す!声の技術革新(2021年8月23日引用)
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執筆者
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千葉県在住で、ITエンジニアとして約14年間の勤務経験があります。過去には家族が特別養護老人ホームに入所していたこともありました。2018年からは関東にある私大薬学部の模擬患者として、学生の教育にも協力しています。
現在はライターとして、OG WellnessのほかにもIT系のWebサイトなどで読者に役立つ記事を寄稿しています。
保有資格:第二種電気工事士、テクニカルエンジニア(システム管理)、初級システムアドミニストレータ