知っておきたい「新興・再興感染症データバンク」。新型コロナに対抗する研究の原動力となる
国では2021年4月1日から、医療機関から新型コロナ患者に関するデータを収集し、研究機関に提供する事業を始めました。
この事業は、「新興・再興感染症データバンク」と呼ばれています。
特徴や期待されるメリットについて、解説していきます。
目次
新興・再興感染症データバンクとは、どんなもの?
「新興・再興感染症データバンク」(以下「データバンク」と略)の内容は、厚生労働省や文部科学省から公表されています。
この資料をもとに、主な項目を確認していきましょう。
●コロナ患者に関するウイルス検体やヒト検体、詳細な臨床情報を収集する
1つ目の機能には、新型コロナに関するさまざまな情報を収集するものがあります。
収集項目はウイルス検体やヒト検体、詳細な臨床情報などが挙げられます。
また対象は患者だけでなく、検査を受けた方やワクチン接種者も含まれる場合があります。
実際には以下の通り、さまざまな情報が対象となります。
分類 | 具体的な収集項目の例 |
---|---|
同意の有無 | 同意した方の情報のみ提供される |
基本情報など | 生年月日、性別、既往歴、ワクチン接種の有無など |
検査結果 | PCR検査や抗原検査の結果など |
診療情報 | 症状や治療内容、処方内容、治療経過など |
採取検体 | 血液、鼻腔拭い液、唾液、尿、便など |
収集する情報は、個々の症状や状況により異なることも理解しておきましょう。
集めたデータは、国立感染症研究所と国立国際医療研究センターにより管理されます。
●研究機関や企業に対し、匿名化を施したデータを提供する
もう1つの機能は、集めたデータを研究機関や企業に提供することです。
データは個人情報のかたまりですから、もちろんそのまま、かつ無条件で提供するわけではありません。
以下の条件をつけ、適切な処置を施した状態で提供されます。
- ○外部への提供を同意した患者さんのデータが対象
- ○提供には、臨床研究の倫理審査委員会による承認が必要
- ○データは、あらかじめ匿名化を施して提供される
患者さんの意思を尊重することは大前提として、同意が得られた場合は個人情報の保護に十分な注意を払った上で提供されます。
●類似する調査との相違点
ここまで解説した内容は、すでに国立感染症研究所が「ウイルスゲノムサーベイランス」という名称で実施しています。
しかしデータバンクとは、以下の点に違いがあります。
新興・再興感染症データバンク | ウイルスゲノムサーベイランス | |
---|---|---|
目的 | 検査手法や治療薬・ワクチン開発の基盤を提供する (研究開発の推進) |
国や自治体が行う感染症対策への反映 |
収集する情報 | 検体や臨床・診療情報 | ウイルス検体と患者の基本情報 |
患者の同意 | 必要 | 不要 |
上記の通り、両者の用途は異なります。
一見無駄なように思えますが、国民は「自分の情報を研究開発に提供する・しない」を選べることで、納得感が高まることはメリットに挙げられます。
●データバンクを活用した研究の公募も始まっている
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(以下「AMED」と略)では、データバンクを活用した研究の公募を始めています。
2021年度は最大3議題を採択し、選ばれた研究機関とAMEDで委託研究開発契約を結んだ上で、研究が行われます。
データバンクの活用で期待されるメリット
データバンクは、以下に示す多種多様な研究に使われます。
- ・病気の発症や進行に伴うさまざまな病態の解明
- ・治療法の効果、副作用の種類や発生頻度等
- ・病気の原因の解明
- ・新しい診断法や治療法、予防法の研究・開発
- ・新しい診断薬や治療薬、予防薬の研究・開発
- ・病院管理学的研究、医療経済学的研究など
引用:文部科学省 新興・再興感染症データバンク事業の開始について p11
上記に挙げた通り、病気の原因やどのように進行するか、治療法やワクチンなど、さまざまなメリットが期待できます。
たとえばどのような方が発症しやすいか、また重症化しやすいかも知ることが可能です。
また病気の仕組みを詳しく知ることで、有効な検査方法や治療法、ワクチンの開発につながります。
このように一人ひとりが情報を提供することで、より良い医療につながります。
患者さんが情報を提供する際に、知っておきたい3つのポイント
今後診療を受ける際、データバンクへの情報提供が求められる可能性はあります。
その際に知っておきたい3つのポイントを、しっかり理解しておきましょう。
●説明を受けた上で、同意書への記入が必要
データバンクへ情報提供を行う場合は、患者さんそれぞれによる同意が必要です。
同意を得られなかった方のデータが、無断で研究機関や企業へ提供されることはありません。
同意書は数ページあるため、ボリュームが少ないとはいえません。
手間はかかりますが、医療の発展には重要なもの。
しっかり説明を受けた上で、同意するかどうか判断しましょう。
なお一度同意した場合でも、書面の提出により同意を撤回できます。
●同意したからといって、経済的な利益も負担もない
データバンクへの提供に同意したからといって、何らかの費用負担が発生することもありません。
一方で、ご自身の情報は無償で提供することになります。
従って費用の負担はない代わりに、経済的な利益も得られないことは理解しておきましょう。
●個人情報は外部に知られないように匿名化される
収集した個人情報は、以下の方法で匿名化されます。
- ○住所や氏名など、患者自身を特定できる情報を除去する
- ○代わりに符号や番号を付与する
匿名化により個人情報を保護した上で、研究に必要な情報のみ提供されます。
ところでデータバンクでは、個人個人の遺伝子である「ヒトゲノム」も収集対象です。
これは体質や遺伝、既往症との関連を調べより良い治療を目指す上で不可欠な情報です。
一方で珍しい遺伝子を持っている方など、「遺伝子で自分自身が特定され、公開されてしまうのではないか」という不安を持つ方もいるかもしれません。
この点については、十分な配慮が行われます。
そもそも個人情報を扱う企業や団体は、プライバシーポリシーを定め適切に運用しています。
もし研究者や従業員があなた自身の情報を外部に公表するといった行為を行うと、懲戒処分につながります。
自らの職を失うリスクを冒してまで、個人的な興味や関心で調べることは考えにくいといえます。
また「公開された研究結果から、意図しない形で個人が特定されるのではないか」という、漠然とした不安を感じる方もいるかもしれません。
この点についても特定されないよう配慮が行われますので、過度な心配は必要ありません。
患者さんの協力により研究が進み、より良い医療につながる
新しい感染症に対応するには行政や研究機関の努力だけでなく、患者さんの協力も重要です。
患者さん一人ひとりが情報提供することにより研究や調査のスピードが加速し、より良い医療を早く受けることにつながります。
説明を聞く時間や同意書への記入は面倒に感じるかもしれませんが、「新興・再興感染症データバンク」への情報提供は社会貢献の一環となる貴重な活動です。
説明を受け納得した上で、協力すると良いでしょう。
参考:
厚生労働省 新興・再興感染症データバンク事業への協力等について(依頼)(2021年5月15日引用)
文部科学省 新興・再興感染症データバンク事業の開始について(2021年5月15日引用)
国立研究開発法人日本医療研究開発機構 令和3年度 「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する疫学調査等の推進に関する研究)」に係る公募(2次公募)について(2021年5月15日引用)
国立研究開発法人日本医療研究開発機構 令和3年度公募要領 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する疫学調査等の推進に関する研究)2次公募(2021年5月15日引用)
読売新聞社 【独自】コロナ感染者データバンク創設へ…1万人分、大学や企業に公開(2021年5月15日引用)
国立健康・栄養研究所 コロナ重症化リスクを高める(?)遺伝子を発見(2021年5月15日引用)
公益財団法人痛風・尿酸財団 医学の地平線 第133号 新型コロナウイルスと遺伝子(2021年5月15日引用)
横浜市立大学 横浜市立大学CAMPUS GUIDE BOOK 2021 p14(2021年5月17日引用)
横浜市立大学 臨床研究におけるメール誤送信による患者情報の漏えいについて(2021年5月17日引用)
イード 大学附属病院でメール誤送信、40代男性医師に懲戒処分(横浜市立大学)(2021年5月17日引用)
イード iPS 細胞研究所の非常勤職員を懲戒解雇、機密書類スキャンや教授宛メール盗み見(京都大学)(2021年5月17日引用)
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執筆者
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千葉県在住で、ITエンジニアとして約14年間の勤務経験があります。過去には家族が特別養護老人ホームに入所していたこともありました。2018年からは関東にある私大薬学部の模擬患者として、学生の教育にも協力しています。
現在はライターとして、OG WellnessのほかにもIT系のWebサイトなどで読者に役立つ記事を寄稿しています。
保有資格:第二種電気工事士、テクニカルエンジニア(システム管理)、初級システムアドミニストレータ