高齢者と不眠の関係~どうして年を取ると眠れなくなるのか~
若いときは夜眠れていたのに……寝付けない、途中で起きてしまう、朝型になってしまった、睡眠の質が慢性的に悪い…そんな方は多いのではないでしょうか。
どうして年を取ると眠れなくなってしまうのか?加齢とともに不眠になるメカニズムを説明します。
不眠は糖尿病や高血圧などの生活習慣病や、うつや認知症、せん妄などの精神疾患とも大きな関係がありますのでそれらの疾病との関係についても説明します。
睡眠時間の変化と悩み
不眠症とは、入眠障害・中途覚醒・早朝覚醒・熟眠障害などの睡眠問題が1カ月以上続き、日中に倦怠感・意欲低下・集中力低下・食欲低下などの不調が出現する病気です。
『西川睡眠白書 2020』によると、平日の睡眠時間を7時間ほど取っているという人が29.1%と一番多く、6時間台の人が23.8%、8時間台の人が16.8%と続きます。
また、睡眠の質に不満を持っている人も多く、寝付きが悪かったり(入眠障害)、途中で起きてしまったり(中途覚醒)、特に予定もないのに朝早く目が覚めてしまったり(早朝覚醒)とさまざまなトラブルを抱えている人も少なくありません。
年を取ると、体質の変化やホルモンの影響により、入眠や起床時間が2時間ほど前倒しになるために、ライフスタイルを変えなければいけないというストレスを感じている人も。
どうして眠れなくなってしまうのか?体質の変化とは
睡眠に関わるホルモンは主に2つあり、脳の松果体という場所で作られる睡眠作用を促すメラトニンと、副腎で作られる覚醒作用を促す糖質コルチコイドというホルモンです。
メラトニンは睡眠を促すホルモンで夜間に分泌量が増えます。
そして朝、日光を浴びたときに光が眼の網膜を通して松果体に届くことでメラトニンの分泌が減ります。
夜間のメラトニンの分泌が日中のメラトニンの量の何十倍にもなるため、この日中と夜間のメラトニンの差で日中の覚醒と夜間の睡眠の体内リズムを作り出します。
加齢に伴う身体能力の低下により、日中の行動範囲および浴びる光の量が減ることで、日中と夜間のメラトニンの差が変わらなくなることや、加齢で夜間のメラトニンの分泌が減ることで、体内のリズムが変わってしまい、不眠を来します。
さらに、糖質コルチコイドは本来には夜間に分泌されないのですが、加齢により夜間分泌されるようになってしまい、夜に目が覚めてしまうのです。
また、特に男性は前立腺肥大などにより、尿意を感じて夜間起きやすくなってしまうという問題もあります。
加齢に伴い睡眠時無呼吸症候群やむずむず脚症候群(レストレスレッグス症候群)といった病気も増えます。
睡眠時無呼吸症候群は睡眠時に呼吸が止まってしまったり、呼吸回数が減ったりすることで、血中の酸素濃度が低下し、深い睡眠を取れなくなってしまいます。
むずむず脚症候群は夜間脚にむずむずするような不快感が出て、動かさずにはいられない状況となり、睡眠を妨げます。
このように、ホルモンだけでなく、そのほかの身体の不調に伴い、睡眠障害を来しやすくなるのです。
不眠が進行すると発症しやすくなる病気
近年不眠の進行と病気との関係についての報告があります。
特に糖尿病、高血圧、うつ、認知症、せん妄に対してはエビデンスがあるために項目に分けて書いていきます。
●糖尿病や肥満と不眠の関係
睡眠を制限されると、食欲を抑制するレプチンというホルモンが低下し、食欲を刺激するグレリンというホルモンが上昇します。
そのため、空腹感が増し、満腹感が減るため食事量が増え、肥満を促します。
睡眠不足により食欲が増大することで食事の量が増え、インスリンの分泌量が増えること、増えたインスリンにより糖分が脂肪に変換しやすくなり、肥満を来しやすくなります。
インスリンが増えることで、肝臓や筋肉のインスリンに対する反応が鈍くなってしまい血糖を下げにくくなり(インスリン抵抗性)、さらに食事量が増えることで血糖が上がり糖尿病が悪化します。
また、糖尿病が悪化すると、下肢のしびれや痛みなどで中途覚醒や早朝覚醒も増えるため、不眠が悪化し悪循環に陥ります。
●高血圧と不眠の関係
不眠が続くと、カテコールアミンやコルチゾールという血圧を上げるホルモンが過剰に分泌されてしまうため、高血圧が起きやすくなります。
また、呼吸が止まったり浅くなったりすることで、深い眠りが取れなくなってしまう病気の睡眠時無呼吸症候群が血圧に影響をおよぼします。
無呼吸状態のときに酸素不足になり、血中が低酸素になり胸腔内圧が上昇し、交感神経が興奮して脳が覚醒状態になってしまいます。
本来であれば寝ているときは副交感神経が優位に働くため、無呼吸による覚醒と呼吸再開による入眠を繰り返すことで急激な血圧変動が続いてしまうのです。
睡眠時無呼吸症候群によって、治療抵抗性高血圧という薬物療法で血圧をコントロールすることが難しい高血圧を併発する可能性が高いことが明らかになっています。
睡眠時間が6時間以下の人は高血圧の起きるリスクが8時間以上睡眠を取っている人にくらべて3倍以上になるという研究データもあります。
●認知症やせん妄と不眠の関係
不眠と認知症とせん妄には大きな関係があるといわれています。
アルツハイマー型認知症は脳にアミロイドβが蓄積する病気です。
不眠によりアルツハイマー認知症の原因となるアミロイドβが蓄積しやすくなり、アルツハイマー認知症が進むのです。
睡眠不足によって神経の炎症を治癒することが阻害され、それによってアミロイドβが蓄積しやすくなり、認知症が進むことが研究により明らかになっています。
脳脊髄液中のアミロイドβ量が高値であったグループでは、低値グループとくらべて睡眠効率(睡眠時間を臥床時間で割った値)が低いとの報告があります。
睡眠時無呼吸症候群により脳内が低酸素になると、低酸素血症を来し、多くの機序を介して脳血管および神経の変性を起こします。
血管内皮機能不全、血圧上昇などにより、微小血管の変性や梗塞が起き、脳血管認知症やアルツハイマー認知症が起きやすくなります。
せん妄は身体的な疾患や薬剤の使用や入院中に起きやすくなる軽度から中等度の意識障害です。
環境の変化や体調不良に伴い、睡眠障害が起き、昼夜逆転することで、せん妄は起きやすくなります。
65歳以上の認知症患者の22~89%前後にせん妄がみられ、特に入院中に悪化するといわれています。
認知症があるとせん妄のリスクが5倍上がるともいわれています。
せん妄を発症する前に夜間の不眠を来すことが多く、不規則な睡眠リズムとなり、睡眠と覚醒状態の区別がつかない状態となって、せん妄を引き起こしやすくなります。
●不眠とうつの関係
不眠はうつの症状の1つであり、不眠に伴いうつ症状も悪化します。
うつの人の80%に不眠がみられるというデータもあり、不眠を治療することで、うつ病が治癒することもあります。
短時間睡眠や日中の眠気や夜型であるということはうつ病と大きな関係があると報告があります。
睡眠時間が6時間以下の場合、うつ病の発症リスクが大きくなります。
成人の約40%の平均睡眠時間が6時間以下であり、不眠によるうつ病は社会的問題といえるでしょう。
特に産後などの子育てで、女性の睡眠時間は短くなっており、産後うつは不眠により悪化します。
不眠は生活習慣病や認知症、メンタルヘルスにも影響する
不眠はただ眠れないだけでなく、糖尿病や高血圧などの生活習慣病やうつやせん妄などの精神にも異常を来します。
また、不眠は糖尿病や高血圧などの生活習慣病を悪化させていきますので、生活習慣病の加療もしっかり行いましょう。
不眠を治療することはうつ病の治療にもなることや、しっかり睡眠を取ることで認知症の進行を遅らせることができます。
加齢に伴うだけではなく、睡眠時無呼吸症候群やむずむず脚症候群が原因のこともありますので可能な限り治療を行いましょう。
参考:
朝野泰成: 睡眠障害と生活習慣病. 臨牀と研究95(12): 1357-1361, 2018.
日本睡眠科学研究所 西川睡眠白書2020(2021年5月23日引用)
運輸・交通SAS 対策支援センター 睡眠時無呼吸症候群と高血圧(2021年5月23日引用)