投球制限にみる日本とアメリカの投手育成の違いは?ガイドラインを基に解説します
今春の選抜から、1週間に500球の投球制限が設けられることになった高校野球。
高校野球のみならず、中学生や小学生にも投球制限が加わる動きになっています。
しかし、野球大国アメリカでは5年も前から過去の研究に基づき、具体的なガイドラインが制定され、活用されています。
そこで今回は、日本とアメリカのガイドラインからみる育成方針の特徴についてお伝えします。
目次
アメリカのガイドラインは、年齢によって細やかな規定がある
アメリカの投球制限のガイドラインは、「pitch smart」と呼ばれ、2014年に医師をはじめとした専門家によってまとめられました。
このガイドラインが設定された背景には、けがを予防することはもちろんですが、推奨されている育成方法や登板方法にまで言及しています。
これは、野球大国アメリカならではの理由があります。
メジャーリーグでは、シーズンの全日程で162試合が組まれます。
先発投手は1チーム5名で先発ローテーションを組み、シーズンを通してけがなくローテーションを守ると、平均34試合程度登板することになります。
2019年にアメリカンリーグで21勝を積み重ね最多勝をあげた、ジャスティン・バーランダー投手を例に挙げてみます。
年間ローテーションを守り34試合に先発、合計イニングは223回を数えました。
1試合の平均登板イニング数は6.6回、これを中4日で1試合平均100球前後を投げます。
日本にくらべるとかなりタイトなスケジュールのため、身体への負担が増えてしまうのも納得できます。
また、先発投手の登板間隔が短いため、ノーヒットノーランなど記録が期待される場面以外は、基本的に継投が中心になります。
リリーフ投手の活躍が期待される分、各試合で準備をしなければならず、負担が大きくなるのも特徴です。
夢だったメジャーリーガーになっても、けがを抱えて本来のパフォーマンスが発揮できずに引退してしまうこと、またその夢が前途で断たれることのないように設けられたのがpitch smartです。
1番の特徴は、投球フォームを正すよりも年齢ごとに投球数に制限を設けたこと、投球過多にならぬよう、投球数により具体的な休息期間が定められています。
以下に、年齢ごとに取り決められている投球数とそれによる期間についてまとめました。
1日の最大投球数 | 休息期間ごとの投球数 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
0日 | 1日 | 2日 | 3日 | 4日 | ||
7~8歳 | 50球 | 1~20球 | 21~35球 | 36~50球 | ||
9~10歳 | 75球 | 1~20球 | 21~35球 | 36~50球 | 51~65球 | |
11~12歳 | 85球 | 1~20球 | 21~35球 | 36~50球 | 51~65球 | |
13~14歳 | 95球 | 1~20球 | 21~35球 | 36~50球 | 51~65球 | 66球以上 |
15~16歳 | 95球 | 1~20球 | 21~45球 | 46~60球 | 61~75球 | 76球以上 |
17~18歳 | 105球 | 1~20球 | 21~45球 | 46~60球 | 61~75球 | 76球以上 |
このように明確な投球数の基準が設けられたことで、投球過多にならないよう指導者や本人が管理しやすくなりました。
また、発育過程を考慮して、年齢ごとに投球距離の設定と変化球の習得すべき時期も明確に定められました。
マウンドからホームベースまでは、13歳以上で初めて大人と同じ距離になります。
発育過程に合わせて、変化球を習得してもよいとされていますが、あくまでもストレートとスローボール(チェンジアップ)を熟練してからが望ましいとされています。
1)7~8歳
マウンドからの距離 | 14.02m |
---|---|
変化球の許可 | ストレートとチェンジアップのみ |
年間の連続登板許可回数 | 60回以内 |
年間の休息日 | 少なくとも4カ月(最低でも2~3カ月) |
2)9~12歳
マウンドからの距離 | 14.02m〜16m |
---|---|
変化球の許可 | ストレートとチェンジアップのみ |
年間の連続登板許可回数 | 80回以内 |
年間の休息日 | 少なくとも4カ月(最低でも2~3カ月) |
3)13~14歳
マウンドからの距離 | 18.44m |
---|---|
変化球の許可 | 全変化球許可(ストレートとスローボールの投球を熟練させた後) |
年間の連続登板許可回数 | 100回以内 |
年間の休息日 | 少なくとも4カ月(最低でも2~3カ月) |
このほかに、以下のような決まりがあります。
- ○同時に多数のチームで野球をしない。
- ○ピッチャーをしないときはキャッチャーもしない。
- ○同じ日に1試合以上でピッチャーをしない。
- ○13歳以降は、一度マウンドを降りた投手は、1試合に1度だけマウンドに戻ることができる(13歳未満は再登板禁止)。
これらのように、身体の発達過程に合わせて細やかな投球数や変化球の投球許可を設定しているのが、pitch smartの特徴です。
日本のガイドラインは、教育課程によって分けられている
日本のガイドラインは、
これらの提言を基に、日本高校野球連盟では、今春開催予定だった第92回選抜高等学校野球大会から、1週間の総投球数を500球以内にする投球制限の実施を決めました。 全日本軟式野球連盟は投球数制限について、現行では下記の通りに制定していました。 しかし、高校野球の投球制限制定に伴い、2020年から下記の通りに改定されました。 また、全日本軟式野球連盟は障害予防のガイドラインとして、詳細を以下のように定めています。 野手も含めて1日に70球以内、週に500球以内とする。 1週間に6日以内、1日3時間を超えないこととする。 練習試合を含め、年間100試合以内とする。 試合をしないシーズンオフを少なくても3ヶ月をもうける。 小学生においては野手にも1日の投球数に制限をかけることで、全力投球の蓄積による身体的負荷を制限するように取り組んでいます。 中学生における投球ガイドラインの詳細は、日本中学硬式野球協議会が制定しました。 以前はイニング数で投球に制限をかけていましたが、制球に不安がありフォアボールの多い投手は、自然と投球数が増えてしまい、肩肘に負担がかかることが危惧されたため、今回の改定に至りました。 高校生の投球数制定に合わせて小学生、中学生のガイドライン改定の動きが起きました。 日本の高校野球の歴史の中で、エース格の投手が毎試合先発完投し、懸命に真紅の大優勝旗を目指すことに美徳を感じるところがありましたが、それに伴い過密スケジュールへの疑問や、投球過多による選手のけがが危惧されていました。 アメリカのpitch smartは投球数だけにとどまらず休息期間、オフシーズンの過ごし方までを過去のデータにのっとり取り決められています。 参考:
従って、野球指導者はとくにこの年頃の選手の肘の痛みと動きの制限には注意を払うこと。
野球肩の発生は15,16歳がピークであり、肩の痛みと投球フォームの変化に注意を払うこと。
従って、各チームには、投手と捕手をそれぞれ2名以上育成しておくのが望ましい。
個々の選手の成長、体力と技術に応じた練習量と内容が望ましい。
中学生では1日70球以内、週350球をこえないこと。
高校生では1日100球以内、週500球をこえないこと。
この提言は、今後日本高校野球連盟と各都道府県の高校野球連盟が主催する公式戦も対象となります。
ここからは、各教育過程における投球制限やガイドラインを見ていきます。●学童の部(小学生)
投手の投球制限については、肘・肩の障害予防を考慮し、1人の投手は1日に70球以内を投球できる。
試合中に70球に達した場合、その打者が打撃を完了するまで投球できる。
1)練習での全力投球数について
2)練習について
3)試合について
4)選手の障害予防のための指導者へのガイドライン
練習前後のウォーミングアップ、クーリングダウンは少なくともそれぞれ20分以上行う。
複数の投手と捕手を育成する。
選手の投球時の肩や肘の痛み(自覚症状)と動き(フォーム)に注意を払う。
正しい投げ方、肘に負担をかけないため投げ方への知識を高める。
選手の体力づくりに努める。
運動障害に対する指導者自身の知識を高める。
勝利至上主義から育成至上主義への学童野球のイノベーション。
医師の診断結果への充分なる対応をしていく。
指導者における指導方針についても記載されていますが、運動障害に対する知識や投球フォーム指導等に関しては、指導するに当たって指導者会議等で研鑽(けんさん)を深める必要があります。●中学生
現行のガイドラインには1日7イニングまで、タイブレーク方式などを考慮し最大9イニングまでという取り決めがありました。
しかし、日本高校野球連盟が提唱した投球数の制定に伴い、2020年3月21日の「文部科学大臣杯第11回全日本少年春季軟式野球大会日本生命トーナメント」から、下記のように投球制限が設けられました。
●高校生
その高校生の投球制限を設ける動きが加速したのは、昨年に新潟県の高校野球連盟が独自に1試合の投球数を100球以下にするという制度の導入を決めたことがきっかけです。
結果的にこの独自の取り組みは見送りとなりましたが、高校野球の障害予防への取り組みに対して一石を投じる形になりました。
日本高等学校野球連盟は関係者を招集し、投手の障害予防に関する有識者会議を4回行い、議論を重ねてきました。
その結果として、大会期間中に1人の投手が投げる総数を「1週間に500球以内」とし、3連戦を避ける日程を設定することを取り決めました。
また、今回の投球数の取り決め以外に、チームが主体的に取り組むべき課題として、日常の野球活動の管理と休養日の制定が必要としています。
具体的には、1週間に1度投球を完全に行わない、「ノースロー日」を設けているチームが増加傾向にあるが、これは制度として導入することで投げ過ぎを予防することが必要であるとしています。
また、シーズンオフ中でも温かい地域では、実践練習を沢山行うことができるチームもあるため、シーズンオフの徹底を今後していくべきではないかと述べています。
これらはまだ明確に規定ができておらず、それぞれのチームでの対応に差があり、問題提起という形で終わっています。
選手を守るための改定が各団体で積極的に進んでおり、今後の動向に注目していきたいところです。投球制限に起因する、公立校と私立高の力量差は埋まるか?
近年では、いわゆる強豪と呼ばれる私立高校は複数投手をベンチ入りさせ、継投で夏の大会を勝ち上がる戦略をとっており、それに伴い投手の負担が軽減されています。
強豪私立高校には、有望選手が甲子園を目指して入学することが多く、エース級投手と遜色ない実力の投手を起用することができ、私立高が有利な状態といえます。
一方で、有望選手を集めることが難しい公立高校では、エースと控え投手で力量の差があることが多く、毎試合ほとんど1人の投手で勝ち上がるチームもあります。
具体例を挙げると、夏の全国高等学校野球選手権大会で一躍大スターとなった秋田県立金足農業高校のエース、吉田輝星投手は、同大会に6試合登板し、合計881球を投じました。
これは、プロ野球やメジャーリーグでも活躍した、松坂大輔投手の782球を上回ります。
また、地方予選での投球数も合わせると、7月から8月の間だけで1517球を投げ抜きました。
トーナメント形式を取る高校野球大会では、エース投手にずば抜けた能力があったとしても、連戦による投球制限の影響で登板ができず、栄冠を前に敗退するチームもでてくることが想定されます。
公立校のハンディキャップは高校野球連盟でも議論が進められておりますが、具体的な解決策が得られるまでには、まだまだ時間を要します。日本のガイドラインは、今後の研究次第で変わる可能性あり?
しかし日本では、現在のガイドライン制定に当たって、どの程度の制限が必要で、それが妥当かという具体的な研究結果は十分に得られていないのが現状といえます。
これは、日本高校野球連盟が開催した、投手の障害予防に関する有識者会議の中でも議論になっており、今後の対策を検討している状態です。
各選手の身体能力や骨格が異なるため、一定の研究結果を得ることが非常に難しい課題です。
このため、現状で据え置いたガイドラインが、新たな知見を基に改定されていくことが想定されます。
選手にけがをさせない、予防することが重要ですが、本人だけでなく指導者も一丸となり、選手の未来を守るための取り組みを行うためにより良い方向へ向かっていきたいものです。
MLB.com Pitch Smart Guidelines.(2020年4月24日引用)
公益財団法人全日本軟式野球連盟 小学生の投球数制限について.(2020年4月24日引用)
公益財団法人全日本軟式野球連盟 少年部(中学生)の投球数制限について.(2020年4月24日引用)
公益財団法人全日本軟式野球連盟 学童野球に関する投球数制限のガイドライン.(2020年4月24日引用)
公益財団法人日本高等学校野球連盟 投手の障害予防に関する有識者会議(第3回)疑義要旨(2020年4月24日引用)
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執筆者
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理学療法士として、整形外科に勤務する傍ら、執筆活動をしています。
一般的な整形分野から、栄養指導、スポーツ競技毎の怪我の特性や、障害予防、 自宅でできる簡単なエクササイズの方法などの記事を書くのが得意です。
仕事柄、介護部門との関連も多く、介護の方法を自分が指導することもあります。
保有資格等:理学療法士、福祉住環境コーディネーター2級