大動脈解離という病気を知っていますか?認定理学療法士がリハビリの重要性を解説します
循環器といえば命に関わる病気が多い印象を受けますが、そのなかでも大動脈解離(だいどうみゃくかいり)という病気があります。
ニュースなどでたびたび耳にすることがありますが、「いまいちよくわからない」と思う方もいるでしょう。
本記事では、大動脈解離とはどのような病気か、また入院後のリハビリの必要性について、認定理学療法士が解説します。
大動脈解離とは血管の壁が裂ける病気
ここでは、大動脈解離の病態やその予防法などについてご紹介します。
●大動脈解離とは、血管の壁が裂ける病気
大動脈とは、心臓から出た後に両脚の2本の動脈(総腸骨動脈)へ分岐するまでの太い血管をさします。
大動脈は、内膜・中膜・外膜と3層構造をしていますが、このなかでも一番内側にある内膜に亀裂が入ることが大動脈解離の原因です。
亀裂ができると、そこから上下方向にどんどん裂け目が大きくなっていくことが特徴です。
身体症状としては、胸背部痛や呼吸苦などが挙げられますが、腹部大動脈では腹痛や腰痛として現れることもあります。
●大動脈解離でもいくつかの種類がある?
日本循環器学会による大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン(2011年改訂版)によると、解離の範囲と偽腔(血管が裂けたために血液が流れている部分)の血流状態によって以下に分類されます。
◯Stanford(スタンフォード)分類:解離の範囲による分類
A型 | 上行大動脈に解離があるもの |
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B型 | 上行大動脈に解離がないもの |
◯DeBakey(ドゥベーキー)分類:偽腔の血流による分類
Ⅰ型 | 上行大動脈にtear(裂け目)があり、弓部大動脈より末梢に解離が及ぶもの |
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Ⅱ型 | 上行大動脈に解離が限局するもの |
Ⅲ型 | 下行大動脈にtearがあるもの |
Ⅲa型 | 腹部大動脈に解離が及ばないもの |
Ⅲb型 | 腹部大動脈に解離が及ぶもの |
上行大動脈に裂け目があると、心臓のほうに解離が広がる可能性があり、心筋梗塞など命に関わる合併症を起こす危険性が高くなります。
●血管の傷を予防するために気をつけること
大動脈解離を予防するためには、普段からの血圧管理が重要になります。
高血圧は、喫煙、塩分の過剰摂取、高いコレステロールなど、主に生活習慣に起因するものが多く、さまざまな病気の原因になります。
また、前述したガイドラインによると、大動脈解離が起こる時間帯としては午前中が多く、季節は冬が多いと報告されています。
朝起きた直後は体のエンジンをかけるために血圧が高くなるので、洗面所や屋外などの寒い環境に体をさらすことは危険です。
血管へのストレスを減らすためにも、寒暖の差が小さくなるように気をつけるとよいでしょう。
大動脈解離の治療とその後のリハビリ
大動脈解離の治療は前述した分類によって大きく2パターンに分かれます。
「血管の病気なのにリハビリ?」と思うかもしれませんが、その必要性についてもあわせてご紹介します。
●stanford A型は緊急手術、B型は保存療法が選択される
A型の場合は、命に関わる合併症のリスクが高いため、基本的には手術治療が選択されます。
手術に関しては、解離している血管を切り取り、人工血管を縫い合わせるという人工血管置換術が選択されることが多いです。
人工心肺装置を使った開胸手術になるため、体への負担が大きいことが特徴ですが、術後の全身状態が安定していると、早期から体を動かすことができます。
一方、B型は緊急性が低い場合が多いので、ベッド上安静にして血圧を下げながら経過を観察する保存療法が選択されます。
ただし、大動脈解離によって他臓器に悪影響が出ている場合や、大動脈破裂のリスクが高い場合は手術治療が選択されることもあります。
保存療法は手術にくらべて体への負担が少ないですが、解離腔が拡大していないかの経過をしっかり観察する必要があります。
●手術後と保存療法ではリハビリメニューが異なる
外科的手術と保存療法では、治療後のリハビリ内容や注意すべきポイントが大きく異なっています。
それぞれの特徴について以下にご紹介します。
◯手術後は早期リハビリが原則
手術によって解離した部分が完全に切除できた場合、術後は早期から離床(起きる練習)を進めます。
傷の痛みや息苦しさが強い場合でも、安静臥床ではなく、できる範囲でリハビリを行います。
その理由は、術後の筋力低下や後述する「せん妄」を予防するためであり、特に高齢患者さんでは重要です。
「手術で命は助かったけど歩けなくなった」という結果にならないよう、できるかぎり早くリハビリを進めていきます。
◯保存療法は2〜3週間の段階的リハビリ
保存療法の場合、入院後は血圧を下げる薬(点滴)が開始となり、そのままベッド上安静が続きます。
「弱らないように早期離床が大切なんじゃないの?」と思うかもしれませんが、それはあくまでも解離の進行がない場合です。
解離腔が残っている状態で血管に過度な負担をかけてしまうと、解離腔が広がったり、破裂したりする可能性もあります。
そのため、トータルで2〜3週間かけてヘッドアップ30°、ヘッドアップ90°、立ち上がり練習などを段階的に進めていきます。
セラピストが伝える、大動脈解離のリハビリにおける特徴
循環器を専門とするセラピストが大動脈解離のリハビリで注意している点について解説します。
●保存療法では解離が悪化しないことが大前提
保存療法では廃用症候群の予防が重要になりますが、入院後初期はベッド上安静の期間が続きます。
ヘッドアップだけの期間はしっかりと血圧を下げて、解離腔が広がっていないかをチェックします。
そのため、この期間のリハビリはベッド上で手足の運動をする程度にしておきます。
また、患者さん本人の自覚症状がなくても、安静時の収縮期血圧が130mmHgを超える場合、起きる練習を中止することもあります。
入院から5日〜6日でようやく立つ・歩く練習を進めていきますが、まずは安静期間に弱った筋力を改善していくことが目標です。
●一過性の認知機能低下、「せん妄」の予防が重要!
手術治療・保存療法のいずれにおいても、体への負担以外に精神面のケアが重要になります。
手術後では傷の痛みや息苦しさによって、保存療法の場合は長い臥床期間によって精神的苦痛を感じることがあります。
入院や手術などの出来事をきっかけに、一時的な認知機能低下を生じる状態を「せん妄」とよびます。
せん妄が出現すると、現在自分が置かれている状況がわからなくなり、安静制限が守れない、興奮状態になり血圧がコントロールできないなどの悪影響があります。
特に高齢患者さんの場合、せん妄の出現によってリハビリが進まなくなるため、ADLの低下につながるリスクが高いです。
●大切なのは体と心の健康を保つこと
せん妄を予防するためには、現在の日時や場所などを思い出してもらったり、入院している理由などを理解してもらうことが大切です。
これらの関わりはリアリティオリエンテーションとよばれ、主に認知症患者さんへのアプローチ方法として、介護施設や医療機関で採用されています。
具体的な方法を以下にご紹介します。
- ◯ベッドサイドにカレンダーと時計を置く
- ◯部屋を訪ねた際に、日付や時間、天気などを確認する
- ◯家族に新聞や本を差し入れてもらう
- ◯ラジオやテレビなど、以前から習慣にしているものを利用する
- ◯外の景色を見えるように部屋の間取りを工夫する
これらはセラピストが単独で行うのではなく、担当看護師さんや患者さんのご家族と協力して取り組んでいくことが重要です。
普段の生活習慣を見直して、大動脈解離を予防しよう
大動脈解離は、発症すると命に関わる重大な病気であるため、リハビリも慎重に進めていく必要があります。
しかし、入院を機に身体機能や認知機能が低下するリスクも高いため、普段から予防に努めていくことが重要です。
ウォーキングや毎日の血圧測定などは日常生活で気軽に取り入れやすく、健康管理の第一歩といえるでしょう。
「まだ若いから大丈夫」と安心せずに、むしろ「若いうちから健康を意識する」という意識をもって、生活習慣を見直してみてはいかがでしょうか。
参考:
日本循環器学会:大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン(2011年改訂版).(2019年4月15日引用)
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執筆者
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皆さん、こんにちは。理学療法士の奥村と申します。
急性期病院での経験(心臓リハビリテーション ICU専従セラピスト リハビリ・介護スタッフを対象とした研修会の主催等)を生かし、医療と介護の両方の視点から、わかりやすい記事をお届けできるように心がけています。
高齢者問題について、一人ひとりが当事者意識を持って考えられる世の中になればいいなと思っています。
保有資格:認定理学療法士(循環) 心臓リハビリテーション指導士 3学会合同呼吸療法認定士